徳島県と高知県の県立美術館が所蔵する有名画家の2作品が、”天才贋作師”として世界的に知られるドイツ出身のヴォルフガング・ベルトラッキ氏(73)による贋作である可能性が浮上し、両県が確認に追われている。もしこれが事実であれば、税金で偽物を購入したことになってしまう。さらに、この2作品は約10年前から美術関係者の間で偽物と認識されていた可能性も指摘されている。なぜ、今になって問題が表面化したのだろうか。
税金で購入された美術品に、まさかの“贋作”疑惑
贋作の疑いがある作品の一つは、キュビスム(立体派)の一翼を担ったフランスのジャン・メッツァンジェ(1883-1956)が1912年に描いたとされてきた『自転車乗り』という55×46センチの作品だ。徳島県立近代美術館が、1999年に大阪の画商から6720万円で購入している。
もう一つは、高知県立美術館が所蔵する、ドイツ表現主義の画家ハインリヒ・カンペンドンク(1889-1957)の作品とされてきた69×99センチの油彩画『少女と白鳥』。
この作品は、1995年にオークションに出品されたもので、同美術館の依頼を受けた名古屋の画廊が入手し、1996年に美術館側に引き渡された。購入代金は1800万円だった。
いずれも四半世紀以上にわたり所蔵されてきた作品だが、なぜ今になって贋作の疑いが生じたのか。そして、それが事実だとすれば、作者といわれる「ヴォルフガング・ベルトラッキ」とは何者なのか?
「2008年、カンペンドンクの作品とされてきた絵に、制作時期には存在しなかった塗料が使われていることが発覚したことを機に、多数の作品に贋作疑惑が浮上しました。その多くの制作にベルトラッキ氏がかかわっていたことがわかり、美術界の一大スキャンダルになったのです。
ドイツ検察の捜査で、贋作は100点以上あるとの疑いが出ました。検察は、そのうち14点を偽造した詐欺罪でベルトラッキ夫妻らを起訴。本人は2011年に懲役6年の判決を受けて服役し、すでに出所しています」(国際部記者)
この国際的な美術市場を揺るがせた大事件を取材した米CBSテレビは、世界にある有名画家の作品のなかに、どれほどベルトラッキ氏の贋作が紛れ込んでいるかを調査した。これが、今回の問題発覚の端緒になったのだ。
「CBSはベルトラッキを追う番組をつくり、ウェブサイトにもその内容を記事としてアーカイブしています。そのサイトのトップに『自転車乗り』が、2番手に『少女と白鳥』の写真が掲載されています。
アーカイブは2014年8月に開設されているため、この2作品はベルトラッキの作品だと、10年前から美術界では認識されてきたようです。
今年6月4日、このアーカイブに掲載されている『自転車乗り』が徳島県立近代美術館の所蔵作品であると気づいた人が、美術館に知らせてきた、という経緯です」(社会部記者)
高知にある『少女と白鳥』は、かつて徳島県立近代美術館の展示に貸し出されたことがあった。関係者によると、「CBSのサイトに『少女と白鳥』も掲載されていることに徳島の方が気づき、高知にも連絡が来た」という。
こうして、2つの作品がともに贋作である可能性が浮上したのだ。
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“存在が確認できない作品”を一から生み出す
個人の所蔵でなく、公立の文化施設が税金で入手したとなれば、当然、購入時の確認に問題がなかったかが問われることになる。
しかし、事情を詳しく聞くと、当時は贋作と疑うことが難しい状況にあったことが明らかになった。
まず、高知県立美術館の『少女と白鳥』について。この作品の作者とされてきたカンペンドンクについては、1989年にドイツの美術評論家が彼の作品を紹介する目録を刊行している。
この目録は、カンペンドンクに関するもっとも詳細な研究書とされており、その中で編著者の評論家は『少女と白鳥』という作品があるとしながらも、「1919年作、オイル?、大きさ不明、署名不明、所在不明」といった説明だけを記し、写真は載せていない。つまり、実物は確認されていなかったことになる。
ベルトラッキ氏は、これに目をつけた。「こういうのを見つけて、作ってしまうのがベルトラッキさんの手法なんです」と話すのは、高知県立美術館の奥野克仁学芸課長だ。
「彼は真作を模写して贋作を作るのではなく、有名作家の“存在が確認できない作品”を創り出すんです。カンペンドンクの作品なら、画集などを見て描き方を“自分のもの”にして、カンペンドンクの手法でまったく新しいものを創作する。
つまり模写ではなく、イチからの捏造なのです。だから、(絵が贋作だとすれば)本物の『少女と白鳥』がどのような作品なのか、今でも誰もわかりません」(奥野氏)
新しく生み出された疑いがある『少女と白鳥』は、1995年に世界最古の歴史を誇るオークションハウス(競売会社)「クリスティーズ」に出品された。
「富豪だった祖父が画商から買い保管していた」として出品したのは、ベルトラッキ氏の妻であった。
絵にはカンペンドンクが描いたことを示す偽造のステッカーも貼られ、本物と信じさせるための小細工が施されていた。しかし、クリスティーズが「贋作の可能性はない」と判断し、出品を認めた最大の理由は、その作品の完成度にあったとみられている。
「カンペンドンクの目録集を出版した美術評論家も、この絵を“本物”と判断しました。そのためクリスティーズのオークションカタログには、この評論家が『(本物だと)心から保証してくれている』と書かれています」(奥野氏)
こうした状況から絵を疑う余地はなくなり、最終的に絵は落札され、高知に渡ることになった。
もしこれが贋作だとしたら、ベルトラッキ氏は専門家やクリスティーズまでもを騙せるほど、カンペンドンクの手法を完璧に習得していたことになる。