10月上旬の全日本テニス選手権を制し、その2週間後にはWTA500の東レ パンパシフィックオープンで、予選から勝ち上がりベスト8へと躍進。19歳の石井さやかは、齋藤咲良や伊藤あおいらと並び、日本のテニス界の未来を担う新星だ。
元プロ野球の名球界選手・石井琢朗を父に持つこともあり、10代前半からテニス関係者の間では名の知られた存在。そんな周囲の期待に応え、ジュニア時代から結果も残してきた。
17歳の春にプロ転向し、今年4月には大阪市開催のITF W25大会で優勝。今季はツアーにも挑戦し、着実に実力を備えてきた。
その石井の躍進を支えるのが、万全のサポート体制である。ヘッドコーチを務めるのは、ネビル・ゴドウィン氏。ケビン・アンダーソンをトップ10へと引き上げ、“年間最優秀コーチ賞”を受賞した名将だ。
ゴドウィン氏は、自身のコーチとしての経歴や資質を、次のように語る。
「現役を辞めた後、イギリスのローンテニス協会(LTA)や、母国の南アフリカのテニスアカデミーでコーチとして働きました。その頃に、ジュニアに教えるよりも、プロ選手を指導する方が楽しいと感じたんです。そこからケビン・アンダーソンのコーチになり、もうツアーコーチとして10年続けられている。非常に幸運ですね、僕は」
アンダーソンの後は、全豪ベスト4入り当時のチョン・ヒョンを指導し、現在はアレクセイ・ポピリンにも帯同。それら指導者として輝かしい実績を誇るゴドウィン氏が、ポピリンと並行して、今年4月から石井を見始めた。自身が帯同できない時も、フルタイムコーチとして石井に帯同する愛弟子のクリフ・ラビー氏と連携しながら、ロードマップと強化の設計図を描いている。
「選手の適性やタイプを見定め、やるべきことをシンプルに伝えることを心掛けている」というゴドウィン氏は、石井をどのような選手だと見ているのか?
「まずは、さやかは人として素晴らしい。非常に思いやりがあり、いつも笑顔です。コート上の彼女は“戦士モード”に入っているので、試合での彼女しか知らない人は、あまり素の彼女を見ることがないかもしれません。実際の彼女は、一緒にいてとても楽しい人ですよ。今のところ、彼女との取り組みは非常にうまく行っています。何かをアドバイスすると、彼女はそれを理解し、とても熱心に取り組みますから」 また、多くのフィジカルに恵まれた選手を見てきた彼の目にも、石井のパワーはトップレベルに映っているという。「ラビーが、さやかは誰が相手でもパワーで打ち勝てると言っていた」と伝えると、ゴドウィンは「100%、僕も同意見」と即答した。
「さやかは、特別な才能に恵まれた選手の一人です。天性のパワーがあるので、それを生かしてプレーするのは、ごく自然なこと。ここからは戦術も習得していく必要がありますが、その点に関しては、クリフが良い仕事をしてくれています。僕がさやかを最後に見た時から今回までの間で、非常に大きな進化が見られましたから」
ゴドウィン氏が最後に石井を直接指導したのは、今年の4月。そこから約半年開き、今回の全日本選手権時に合流した。久々に石井を見て、ゴドウィン氏が最も感じた変化や進化とは、何か?
「一番大きいのは、精神面です。以前よりも、戦う姿勢が良くなりました。身体的表現が、非常にポジティブになったのが良い点です。以前の彼女は、自分で自分を追い込む方向に行きがちだった。それは日本的なものなのかもしれませんが、肩を落とし、落ち込んでいるように見えました。ですが、僕がここ最近見ている7試合(全日本から東レ本戦2回戦まで)では、そこが改善され、毎試合ごとに良くなってもいます。そこは、とてもうれしく思う点ですね」
ゴドウィン氏が言及するように、石井本人も、コーチ陣や父親からも口酸っぱく注意を受けるのが、「メンタル面」だと言っていた。特に二人のコーチからは、「怖いさやかを見せるように」と指導を受けているという。「怖いさやか」とは、いったい何を意味するのか?
ゴドウィン氏が、笑顔で明かす。
「僕らの言う“Scary Sayaka(怖いさやか)”とは、第一に、彼女は多くの場合で対戦相手よりも大柄ですから、その威圧感を活用すること。それに彼女はとてもパワフルなので、フルスイングでボールを打たれたら、それだけで相手は脅威を覚えるでしょう。“カモン!”と叫ぶのも、良いことです。彼女の“カモン!”は、迫力がありますからね。エネルギーに満ち、ポジティブな態度を示すこと。胸を張り、堂々と歩く……それが、“Scary Sayaka”です」 ゴドウィン氏が日本で合流して以来、石井は全日本選手権で優勝し、大阪のジャパンオープンでは予選の初戦で敗れるも、東レPPOでは本戦ベスト8進出を果たした。最後は、腹筋のケガのため棄権となったが、おそらくはキャリアで最も濃密な3週間を過ごしてきたことだろう。
その間の石井を、コーチはどのように見ていたか?
「まずはスケジュール面で言うと、非常に不運だし、不公平だとも感じました。さやかは東京で全日本の決勝を戦い、翌日には大阪で予選を戦わなくてはいけなかった。そのスケジュールがわかっているのだから、全日本の決勝は早い時間にしてほしいと言ったのですが、受け入れられませんでした。だから、遅い時間の決勝を終えてから移動し、大阪のホテルに着いたのは夜中の1時。正直、全日本で優勝した恩恵が何もないことに、僕は納得できません。
ただ、ジャパンオープンでサラ(齋藤咲良)とアオイ(伊藤あおい)が活躍したのは、さやかにとってもポジティブなことでした。『彼女たちにできるなら、自分にもできる』と思えますから。モチベーションを高め、良い練習を積み、今大会(東レPPO)に備えることができました。難しい状況を非常にうまく乗り切ったし、そんな彼女をとても誇らしく思います」
今回の東レPPOの活躍もあり、石井の世界ランキングは自己最高の203位をマークした。四大大会などの大舞台での活躍が待たれる石井の将来を、コーチ陣はどこに見定めているのか?
「彼女の可能性は、天井知らず」だと、ゴドウィンが即答する。
「今の女子ツアーを見ても、彼女が恐れるべき選手は見当たりません。誰とでも渡り合えると思います。今の世界ナンバー1は、アリーナ・サバレンカ。彼女こそが、今のさやかのゴールです。彼女こそが、さやかが倒すべき選手として、狙いを定める存在です。
もちろんさやかには、まだまだ改善すべき点がたくさんあります。サービスは今重点的に取り組んでいるし、もっとプレーにバラエティが必要です。ただ彼女は常に、上達している。私たちは長い目で目標を立てています。彼女は非常に勤勉なので、常に上達できる。それが、何より大切なことです」
世界の頂点を目的地に定め、同時に今できることに全力を尽くす。経験豊富な水先案内人が先導する“チームさやか”は、どこまでたどり着けるのか――? その新たな船出となる、今回の東レPPOだった。
取材・文●内田暁
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