Credit: Pat Pataranutaporn et al., arXiv(2024:PDF)

「未来の自分はどうなっているんだろう?」

ふと、そんな思いが脳裏をよぎることは誰しもあるでしょう。

そうした願いを叶えてくれるチャットボットが新たに誕生したようです。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)はこのほど、60〜70歳になった未来の自分と対話できるAIシステム「Future You」を開発。

Future YouはLINEのような文章ベースのやりとりで進行し、未来の自分に質問を投げかけると、人生で楽しかった出来事や仕事から最もやりがいを感じた瞬間などを柔軟に答えてくれるという。

さらにそれだけでなく、Future Youを使用したユーザーには不安の低下や意欲の上昇といったメンタルヘルスの改善が見られたのです。

研究の詳細は2024年10月1日付でプレプリントサーバー『arXiv』に公開されています。

目次

Future Youで「未来の自分」と対話できる!未来の自分と話すことで「メンタルヘルスが改善」

Future Youで「未来の自分」と対話できる!

MITメディアラボの研究チームは、若者が未来の自分とのつながりを感じ、将来に向けてより良い選択ができるよう導くことを目的に「Future You」の開発をスタートしました。

Future Youの第一の要素は「StyleClip」というAIを使った画像生成です。

ここではユーザーが自分の顔写真をアップロードすると、AIシステムが年齢進行モデルを使い、自動的に60〜70歳になったときの外見を予想して、しわや白髪を追加してくれます。

これにより、まったく別人の年老いた顔画像を使うのではなく、自らの顔をベースとした「未来の自分」を見ることができます。


「StyleClip」で未来の自分の顔画像を生成 / Credit: MIT – Have a conversation with your future self(youtube, 2024)

第二の要素は未来の自分の人格形成です。

ここでユーザーはまず、人口統計学的な情報(名前・年齢・性別・学歴・職業・居住地・所得・家族構成など)のほか、現在の生活状況や将来の目標、それからMBTIのような性格診断のための一連の質問に回答し、データを提供します。

Future Youはユーザーから提供されたデータをもとに、将来的に体験しうるキャリアや私生活のライフイベントなど、未来の自分になるまでのバックストーリーを形成します。


このようにユーザーは「人生で最も重要だった人は?」「最も誇りに思っていることは?」「私生活でダメなポイントは?」といった質問に回答する/ Credit: MIT – Have a conversation with your future self(youtube, 2024)

そして第三の要素は未来の自分との対話システムの生成です。

ここでは先ほど形成された未来の自分の人格データをOpenAI社の人工知能チャットボット「ChatGPT」に取り込みます。

ChatGPTには人々が自らの私生活やキャリア、人間関係といった人生経験について話している膨大な量の会話データセットをテキストベースで学習させます。

これにより、Future Youはユーザーの未来の人格にもとづいた質問への回答を柔軟に行えるようになるのです。

例えば、未来の自分が自らのキャリアのハイライトについて答えてくれたり、今悩んでいることへのアドバイスをくれたりします。

実例を見てみましょう。

こちらは「今の自分」がボストン在住で高校の生物学教師を目指しているジェニーという女性、「未来の自分」がボストン在住で生物学教師を定年退職したジェニーとなっています。


Credit: Pat Pataranutaporn et al., arXiv(2024:PDF)

Future Youのチャット試験では、このような対話が展開されています。

未来のジェニー:こんにちわ、ジェニー。私は60歳になった未来のあなたよ。私が経験してきたことを何でも話してあげるわ。

今のジェニー:私はこれから何をすべきですか?

未来のジェニー:まずはあなた自身を信じて、あきらめないことを忘れないで。本気で心に決めたことなら何だってやり遂げられるわ。

今のジェニー:あなたのキャリアの中で最もやりがいを感じ瞬間は何でしたか?

未来のジェニー:最も報われたなと感じた出来事の一つは、教え子の一人が大学を卒業した後に、私を訪ねに戻ってきてくれたことね。

彼女は「先生のおかげで生物学の教師になることを決めました」と言ってくれたわ。そして今も自分の決断にとても満足しているともね。

その瞬間、私は誰かの人生を変えられたような気がして、強く記憶に残っているの。

と、このように。

Future Youはあくまでも「今の自分をベースにして未来で体験しうること」を可能性の一つとして提示してくれるものであり、決して未来の予言ではありません。

そして研究者たちが当初の目的としていたように、Future Youのユーザーには未来の自分と話すことでメンタルヘルスの改善が見られたのです。

(広告の後にも続きます)

未来の自分と話すことで「メンタルヘルスが改善」

チームは今回、Future Youの心理的影響を調べるため、18歳から30歳までの344名(英語話者)を参加者として募り、10〜30分間、Future Youを使って未来の自分と対話してもらいました。

別のグループにはFuture Youではなく、一般的なAIアシスタントとチャットしてもらい、両グループにどのような違いが現れるかを比較しています。

その結果、驚くべきことに、Future Youを利用した参加者はAIアシスタントと会話した参加者に比べて、不安レベルの低下や意欲レベルの上昇といったメンタルヘルスの有意な改善を示したのです。


メンタルヘルスが改善 / Credit: MIT – Have a conversation with your future self(youtube, 2024)

さらに最も注目すべき点として、Future Youのユーザーは未来の自分とのつながりをより強く感じるようになっていました。

これは心理学用語で「未来の自己連続性(Future Self-Continuity)」といい、未来の自分をどれだけリアルに想像できるか、今の自分と未来の自分とのつながりをどれだけ強く感じられるかを示す指標となります。

この概念は心身を健康に保ちがなら、充実した人生を送る上で重要な考え方の一つです。

例えば「未来の自己連続性」の自覚が強いと、将来の健康のために運動習慣を取り入れたり、暴飲暴食を控えたりすることにつながります。

またキャリア的には”なりたい自分”を明確にイメージして、そのために適切な努力を続けることができます。

それから私生活面では老後のために無駄遣いをやめて、貯金をすることもできるようになるでしょう。

もちろん、先のことばかり考えずに今を夢中に生きることも大切ですが、未来の自分に向かって目標を立てて、その実現に邁進することは、かえって「今」をイキイキと充実した時間にすることにつながるのです。

Future Youは「未来の自己連続性」を高める強い味方となるかもしれません。

研究主任の一人であるパット・パタラヌタポーン(Pat Pataranutaporn)氏は「現実にタイムマシンはまだ存在していませんが、Future Youは一種の仮想タイムマシンとして、未来の自分をリアルに感じることで、今何をすべきかについてより深く考えるのに役立つでしょう」と話します。


未来の自分とのつながりが強くなる / Credit: MIT – Have a conversation with your future self(youtube, 2024)

一方でチームは、Future Youがまだ試験段階であることを強調し、その負の側面についても考慮が必要だといいます。

例えば、未来の自分に向かってネガティブな質問をすれば、悪い未来やアドバイスを提示してしまい、今の自分にとって逆効果になるかもしれないのです。

チームはこうした倫理的な問題も踏まえて、Future Youにはさらなる改良が必要であると述べています。

参考文献

AI simulation gives people a glimpse of their potential future self
https://news.mit.edu/2024/ai-simulation-gives-people-glimpse-potential-future-self-1001

‘Future You’ AI lets you speak to a 60-year-old version of yourself — and it has surprising wellbeing benefits
https://www.livescience.com/technology/artificial-intelligence/future-you-ai-lets-you-speak-to-a-60-year-old-version-of-yourself-and-it-has-surprising-wellbeing-benefits

元論文

Future You: A Conversation with an AI-Generated Future Self Reduces Anxiety, Negative Emotions, and Increases Future Self-Continuity
https://doi.org/10.48550/arXiv.2405.12514

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部