モーターパラグライダーを使って自身が空を飛び撮影を行う「空撮写真家」。その第一人者である山本直洋さんは「地球を感じる写真」をテーマに、日本だけでなく世界中の空を飛び回っています。
現在、エベレスト、キリマンジャロなど、世界七大陸の最高峰を空撮するプロジェクトに挑戦中の山本さん。その取り組みは、『情熱大陸』でも大きく取り上げられ、話題となりました。
今回は、そんな山本さんに空撮写真家の仕事のリアルと、これまでのキャリアストーリーを伺いました。
空撮は「生き物としての充足感」を得られる仕事
── 空撮写真家とはどのようなお仕事なのでしょうか?
一言で表すと、「空を飛び、写真を撮る仕事」です。僕の場合は、モーターパラグライダーを使うので、動力となるエンジンを背負って高度数千メートルの空を飛び、パラグライダーをコントロールしながら撮影しています。
また、エンジンの改良や飛ぶ場所の許可取りなど、飛ぶために必要な準備なども、チームメンバーの助けも借りながらすべて自分たちで行っています。
── 空からの写真といえば、ドローン撮影も選択肢に浮かぶと思います。自身が空を飛ぶ「空撮」の魅力とはなんでしょうか?
撮り手が空を飛んでいるときの感動や喜びが、ダイレクトに写真に乗ることでしょうか。
学校の校庭に描いた人文字を上から撮るなど、撮りたい写真が明確に決まっている場合は、高さや角度を固定しやすいドローン撮影のほうが向いていると思います。
一方で、2時間、3時間と比較的長時間飛び続けるモーターパラグライダー空撮では、太陽の光や雲の形などが少しずつ変わっていきます。自分が想像していなかったような思いがけない絶景に出会うこと、それをベストな画角で切り取るような撮影はドローンではできません。
飛ぶ前に「こんな景色が撮れるかな」と当たりはつけるのですが、実際に飛んでみたら想像もしていなかった美しい景色と出会える。そんな「偶然の出会い」があるのもモーターパラグライダー空撮ならではの魅力です。
知床で雲海上空を飛行中に偶然出会ったブロッケン現象
── 過去には九死に一生を得る大事故を経験されるなど、空撮には過酷な一面もあります。それでも飛び続けてこられたのはなぜですか?
たしかに空撮は過酷ですね。2019年に経験した大事故では、エンジンから出火し、 背中と右腕に火が燃え移って大火傷を負ってしまいました。奇跡的に命は助かったものの、もう二度と飛べないかもしれない状況になって。
でも、手術すれば治る可能性があると医師から聞いたとき、真っ先に思ったのが「空を飛びたい」だったんです。病院のベッドの窓から青空を眺めては、毎日「早く飛びたい」と。
もう、心の底から空を飛ぶのが好きなんです。事故後に初めて飛んだとき、ただただ気持ち良くて、人生で初めて空を飛んだ瞬間を思い出して涙がこぼれて……。
空から大地を見ていると、全身で地球を感じられて、自分がちっぽけな存在にも思えるんです。自然の一部になれている感覚で、生き物としての充足感がある。この感動も景色と一緒に写真におさめられる。こんなに楽しい仕事はやめられません。
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幼いころから見ていた空飛ぶ夢。訪れる空撮との出会い
── 山本さんの「空を飛ぶこと」への情熱を強く感じます。どのような子ども時代を過ごされてきましたか?
物心つくころにはすでに、空を飛ぶ夢をたくさん見ていました。夢の中でウルトラマンに変身したり、ドラえもんのタケコプターを使ったり。高いところが大好きで、小学生のときには「自分も飛べるんだ!」とマンションから傘を持って飛び降りてみたこともありました。
幼いころに見ていた夢は完全にファンタジーの世界でした。それが、中学生になったころから、段々と夢にリアリティが出てきたんです。
そのうち飛ぶ夢をコントロールできるようになりました。ベッドで仰向けになって力を抜くと、ふっと体が軽くなって、部屋の窓から飛び出して自由自在に飛び回れたんです。そのときに見た景色が本当にリアルで……。
夢の中で自由自在に空を飛ぶ様子を再現してくれた山本さん
実は当時、親の仕事の都合でノルウェーのオスロに住んでいたんです。今振り返ると、夢の中でオスロ上空から見た景色が、空撮写真家を目指すきっかけになったのだと思います。
── そこから、大人になるにつれてどのようなキャリアを選んできたのでしょうか?
工業大学に進学し、就職活動では空を飛ぶ夢を叶えるために航空会社も受けてみました。ただ、結果は全滅。最終的には、ソフトウェア開発会社にエンジニアとして就職し、1年ほど会社員を経験しました。
── 1年経って退職されたのは、空飛ぶ仕事を目指すためですか?
いえ、ボクシングのプロライセンスを取るためです(笑)。実は学生時代から打ち込んでいて、就職してからも練習を続けていましたが、いつまでもライセンスを取得できない中途半端な自分に嫌気が差していました。
ただ、ボクシングを一生の仕事にするつもりはなかったので、取得後は次の仕事を何にするか悩んでいました。
そこで、もともと旅が好きだったこともあり、旅をしながらできる仕事として写真家を思いついたんです。当時は、写真を撮ることも撮られることもなんとなく苦手意識があったのですが、好きなことをするための手段として思い切って触れてみたら意外とおもしろくて。
そんなときに偶然立ち寄った本屋でモーターパラグライダーの記事と出会いました。写真とモーターパラグライダーの掛け合わせ……「これしかない!」と運命を感じて、空撮写真家を目指すようになったんです。