オスも血を吸ってた⁈ 吸血能力をもつ「新種のオスの蚊」の化石を発見! / Credit: Dany Azar/CC BY-SA, Dany Azar et al., Current Biology(2023)
ブンブンと羽音を立てて血を吸いにやってくる蚊は、私たちを悩ませる最も身近な生き物です。
しかし実際に血を吸うのは産卵前のメスだけであり、オスが私たちに危害を加えることはありません。
ところがオスの蚊も最初から血を吸わなかったわけではないようです。
レバノン大学(Lebanese University)、中国科学院(CAS)、パリ国立自然史博物館(MNHN)の研究で、約1億3000万年前の琥珀化石からオスの蚊も吸血能力をもっていた証拠が発見されました。
これはオスの蚊が進化のどこかで血を吸うのをやめたことを示しており、非常に興味深い発見となっています。
研究の詳細は、2023年12月4日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されました。
目次
血を吸うのは「産卵前のメス」だけオスもかつて血を吸うことができた⁈
血を吸うのは「産卵前のメス」だけ
蚊は約1億7000万年前の恐竜時代にあたるジュラ紀に出現し、いくつかのグループに分かれながら進化を続けてきました。
現生するグループには、吸血性のない「ホソカ科(Dixidae)」「ケヨソイカ科(Chaoboridae)」、カエルの血を吸う「チスイケヨソイカ科(corethrellidae)」、そして人やその他の動物の血を吸う「カ科(Culicidae)」がいます。
蚊のグループの系統樹 / Credit: Dany Azar et al., Current Biology(2023)
私たちに最も身近なカ科には、世界に約3000種類が存在し、うち日本には約100種がいます。
蚊は吸血によって病原菌を媒介する危険な生物であり、マラリア・デング熱・黄熱などの伝染病の原因となっています。
特にアフリカなどの熱帯地域では年間50万人の死者が出ており、人類を最も死に至らしめている生物です。
その一方で、血を吸うのは「産卵前のメスだけ」であるのをご存知でしょうか?
蚊は人を含め、牛や豚、馬、ニワトリの血を吸っていますが、それらはすべて「交尾後のメス」なのです。
蚊の主なエネルギー源は糖分であり、オスもメスも普段は花の蜜を吸って暮らしています。
しかし産卵前になると、メスはたくさんの卵を産むために糖分だけでなくタンパク質などの栄養が必要となります。
そうした貴重な栄養源を持っているのは人間や動物なので、産卵前のメスは危険を承知で私たちの血を吸いにやってくるのです。
そのため、メスの蚊の口吻(こうふん)は、動物の皮膚を突き刺せるように鋭利で頑丈なものとなっています。
血を吸うのは産卵前のメスだけ / Credit: ja.wikipedia
これと対照的に、オスの蚊の口吻は皮膚を突き刺せるほど強くないため、そもそも動物の血が吸えません。
彼らはメスと違い、花の蜜を吸って平和に暮らしているのです。
ところが新たに見つかった化石は、オスの蚊もかつて吸血能力を備えていたことを物語るものでした。
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オスもかつて血を吸うことができた⁈
研究チームは今回、中東レバノンにある約1億3000万〜1億2500万年前の前期白亜紀の地層から、2匹の蚊を保存した琥珀を発見しました。
調査の結果、2匹ともオスであることが判明し、新たに「リバノクレックス・インテルメディウス(Libanoculex intermedius)」という学名で新種記載されています。
新種の蚊を保存した琥珀 / Credit: Dany Azar/CC BY-SA(eurekalert, 2023)
さらに顕微鏡を用いて詳しく調べたところ、これらの新種はオスにも関わらず、非常に鋭利な三角形の下アゴと小さな歯のように細かなギザギザの付いた針状の口吻を持っていることが明らかになったのです。
その下アゴと針の間が空洞の通り道になっており、この蚊はおそらく、動物の皮膚に口吻を突き刺して血を吸っていた可能性が高いと推測されました。
現生する吸血性の蚊はすべてメスだけであるため、研究者たちもこの発見に非常に驚いています。
(C)頭部のアップ100μm (D)顕微鏡を使用した口器の詳細 10μm (F)下顎骨の頂点のイラスト図 50μm。オスだが皮膚を裂くための歯状のギザギザがついているのがわかる。 / Credit: Dany Azar et al., Current Biology(2023)
また今回の化石は、蚊の吸血能力がどのように進化してきたのかを探るための貴重な手がかりになると期待されています。
これまでの研究によると、蚊を含む昆虫の吸血能力は、植物の蜜を吸うために使用されていた比較的柔らかな口吻から進化したと考えられています。
例えば、吸血ノミは吸蜜性の祖先から進化した可能性が高いという。
ただ吸血能力の詳しい進化プロセスは、化石記録にギャップがありすぎるため、ほとんど解明されないままです。
その中にあって、この化石は蚊の吸血能力がいかに進化したかの理解を促す大きな手助けとなるでしょう。
新種の蚊が生きていたときの復元イメージ / Credit: Dany Azar et al., Current Biology(2023)
新種の蚊が生きていた前期白亜紀は、恐竜や鳥類、哺乳類の他に、花を咲かせる被子植物も繁栄し始めた時代でした。
つまり、吸血するターゲットと同時に安全に吸蜜できる花もあったと考えられます。
オスがメス同様に吸血を行っていた利点については、飛行能力の向上によって交尾相手を探す際に有利だったからと考えられます。
しかしその場合効率の良い栄養接種方法であった吸血を、なぜオスはやめてしまい蜜に専念するようになったのでしょうか。
研究チームはこれらの疑問の謎を解明していきたいと話しています。
参考文献
Earliest-known fossil mosquito suggests males were bloodsuckers too
https://phys.org/news/2023-12-earliest-known-fossil-mosquito-males-bloodsuckers.html
Millions of years ago, male mosquitoes may have been blood suckers too
https://www.popsci.com/science/male-mosquitoes-blood/
元論文
The earliest fossil mosquito
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)01448-3
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。