黄金の国ジパングの復活:東京大学が国内の温泉水から金を回収する特殊シートを開発!/Credit:Canva . 川勝康弘
黄金の国ジパングの未来は温泉にあるのかもしれません。
海洋研究開発機構等の研究グループは、海底熱水鉱床において、原始的な藻の一種であるラン藻を利用した金の回収試験を行ったところ、1トン当たり約7グラムの金の回収に成功しました。
また、これと並行して、同グループは、秋田の玉川温泉でこの方法を用いた金の回収試験を行い、1トン当たり約30グラムの金の回収に成功しています。
世界の主要な金鉱山での採掘量が、1トンあたり3グラムから5グラム程度であることを考えると、驚異的な数値です。
この採集法は、温泉地で金を回収することを可能にするものであり、まさに藻を使った現代の錬金術と言えるかも知れません。
しかし、なぜラン藻には金を回収する力があったのでしょうか?
今回は前半で海底熱水鉱床からの回収試験、後半において温泉からの回収試験の結果を紹介したいと思います。
研究内容の詳細は『Nature』に掲載されています。
目次
海底熱水鉱床での金の回収試験「温泉」での金の回収実験
海底熱水鉱床での金の回収試験
海底熱水鉱床とは?
海底熱水鉱床は、海底にある熱水噴出口の周りに形成される鉱床です。
海底下で海水がマグマで熱せられて上昇し、熱水が海底面に近づくと、海底下にしみ込んだ海水に冷却されたり、海底の裂け目から海中に噴き出したりする際に金属が沈殿して鉱床を作ります。
海底熱水鉱床には貴重な金属資源が豊富に含まれているため、将来的に重要な資源供給源になると期待されています。
海底熱水鉱床の生成過程 海洋開発研究機構
海底熱水鉱床は、水深500mから3,000mの中央海嶺など海底が拡大する場所やニュージーランド、パプアニューギニア、マリアナ、日本に至る海溝に分布し、世界で約350か所程度が確認されています。
日本周辺海域では、沖縄トラフや伊豆・小笠原海域において、海底熱水鉱床が数多く確認されています。
日本周辺海域の海底熱水鉱床は、世界的にも比較的浅い水深に分布しており、開発には有利と考えられています。
実際、過去には幾つかの海底熱水鉱床から金を回収する取り組みが行われています。
たとえばパプアニューギニア沖での採掘では、金や銅などの貴金属を含む鉱床から金属を回収する技術(遠隔操作の掘削機や専用の輸送システム)が開発されました。
しかし技術的な課題やコストの問題、環境保護の懸念などが原因で進展が遅れ、計画が中断されることとなりました。
そこで新たな研究では全く別のアプローチが行われました。
ラン藻シートが金を吸着する
2015年、東京大学の研究チームは伊豆諸島の青ヶ島沖の水深700メートルの海底から、高温の熱水(約270℃)が噴き出す海底熱水鉱床を発見しました。
この熱水鉱床については、海中から採取された岩石から1トンあたり17グラム相当という高濃度の金を含むということが、以前の調査で確認されています。
ただ先にも述べたように、海底を掘削して金をとるのはコストがかかりすぎます。
そこで海洋研究開発機構とIHIの研究グループは、原始的な藻の一種であるラン藻を利用することにしました。
海底熱水鉱床から噴出する金のかなりの部分が、プラスに帯電した状態「金イオン」の状態で存在することが知られています。
(※金は安定した金属と言われていますが、のような高温高圧環境では硫黄や塩素と結合して錯体を形成します)
一方、ラン藻の細胞表面は、その細胞膜の成分である脂質やタンパク質に由来してマイナスに帯電しているため、プラスに帯電した金イオンが引き寄せられ、静電的に吸着されます。
他にもラン藻は、細胞外に多糖からなる高分子化合物(いわゆる海藻のヌメリ成分)を分泌していますが、このヌメリ部分も金のような重金属を吸着する性質があることが知られています。
また興味深いことに、重金属を吸着する性質はラン藻が死んだ後も維持されることがわかりました。
そこで研究者たちはラン藻をシート状に加工し、海底熱水鉱床の近くに設置してどれだけ金が回収できるかを調査しました。
結果、シートには最大で約1トンあたり7グラム相当の金が吸着していることが判明。
また、銀についても、同様の方法で約1トンあたり140グラムと高濃度で吸着できることが確認されました。
伊豆諸島青ヶ島沖水深700m 海底熱水鉱床の熱水噴出孔。研究では青ヶ島沖の熱水鉱床の噴出孔周辺にラン藻シートを設置し、金の吸着能力についての試験を約2年近くに亘って実施しました。 / Credit : エネルギー・金属鉱物資源機構公式サイト
さらに研究者たちは、ラン藻シートを用いた金の回収試験を「温泉」でも試みました。
金の鉱脈は、地中深くのマグマに含まれる金が熱水に溶け出し、長期間にわたって地表に露出し冷え固まったと考えられています。
一方で温泉もまたマグマに熱せられた熱水が湧き出る場所ですので、いくつかの点において温泉と海底熱水鉱床と似ています。
温泉は未来の金鉱山になり得るのでしょうか?
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「温泉」での金の回収実験
温泉は金鉱山になり得るのか?
謎を解明すべく研究者たちはまず、国内の温泉に溶け込んでいる金の濃度を調べました。
熱水中の金の含有量が多ければ多いほど、回収できる量も期待できます。
すると酸性度が高く高温の温泉ほど、金が高濃度で存在することが判明します。
そこで研究者たちは酸性度の高さで知られる「秋田県の玉川温泉」で実験を行うことにしました。
玉川温泉は、世界でも珍しい塩酸が主成分の温泉で、そのpH値は1.2と食用酢やレモン汁よりもさらに強い酸性を持っています。
試験では、培養したラン藻シートに対して7か月間に渡り温泉の熱水を浴びせ続けました。
玉川温泉におけるラン藻シートを用いた金の回収試験の手順。(a) バスケットの底面と側面にラン藻シートを装着、(b) 試験水槽にシートとバスケットを投入、(c, d) 水温60℃、pH1.2の温泉水を1時間当たり6m立法メートルの流量で通水、(e) 試験水槽で7ヶ月間の吸着実験後のシートの確認、(f) 沈殿物を水道水で洗浄後のシートの確認、を各々示しています。 /Credit : 野崎達生ら, Nature(2024)
するとラン藻シートに吸着した金の濃度は、1トン当たり最大約30グラムと高濃度であり、温泉水中の他の元素(ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム等)に比べ1〜2桁高い結果となりました。
世界の主要な金鉱山での採掘量が、1トンあたり3グラムから5グラム程度であることを考えると、この結果は驚異的な数値です。
また、今回の回収試験の結果から、他の元素が溶液中に混在する場合でも、ラン藻シートは金のみを優先的に濃縮して吸着するという特性も確認されています。
以下の図はラン藻シートに結合した金(Au)の様子を顕微鏡を使って撮影したものになります。
玉川温泉で実施された金の回収試験でラン藻シートに析出した金や鉱物の状況。(a) 多くのバライト(重晶石)粒子、(b) ケイ素鉱物を伴うバライト粒子、(c~f) ラン藻シート上に析出した金の粒子、(e) 赤い点線の四角形内は金の粒子の拡大画像(Brtはバライト、Auは金の粒子)、を各々示しています。 / Credit : 野崎達生ら, Nature(2024)
このラン藻シートを活用することで、温泉水や鉱山廃水のような金の含有が乏しい溶液からでも、環境への負荷を抑えながら金を回収できる可能性があります。
コスト面を考えると、アクセスが厳しい海底熱水鉱床より温泉地で金を抽出していく、という方法がより現実的と言えるでしょう。
(※他にも、都市鉱山の金属を含有する工業廃液等も有力な候補にあがっています)
今回の発見は、温泉に対する私たちの見方を変えるきっかけになるかもしれません。
参考文献
エネルギー・金属鉱物資源機構公式サイト
https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_10_000295.html#:~:text
元論文
In situ gold adsorption experiment at an acidic hot spring using a blue-green algal sheet
https://doi.org/10.1038/s41598-024-56263-3
ライター
鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。