中條ていの連作短編集を基に、親友を失った女性を中心に思いがけない出会いが連鎖していく様子を描いた群像劇『アイミタガイ』が、11月1日から全国公開された。本作の草野翔吾監督と主人公・梓の恋人・澄人を演じた中村蒼に話を聞いた。

-監督、今回は、市井昌秀さんと佐々部清監督の企画を受け継いだ形でしたが、どういう経緯で監督をすることになったのですか。

草野 プロデューサーから「こういう脚本があるんだけど」というお話を頂きまして。もともと僕は市井さんとも佐々部監督とも直接つながりがあったわけではないので、何で僕なんだろうと思いながら、ちょっと緊張しながら脚本を読んだ感じです。脚本は、一応形にはなっていましたが、恐らく決定稿という感じではなかったと思います。撮影を準備する前ぐらいで止まっていたと聞いたので、ここからいろいろと決めていって決定稿にしていくところだったのだと思います。

-その脚本に監督が手を入れて完成させたという感じですか。

草野 そうですね。もちろん大きく変える気はなかったのですが、止まったところから10年ぐらいはたっていたので、やっぱり今の時代に合わせる感じにしたかったのと、お二人の意思を継ぎながら、自分の映画にしなくてはいけないという使命があると思ったので、佐々部さんの稿を最初に読んで、その後市井さんの本に戻って、最後に原作を読んで、それらの要素を自分なりに決定稿に落とし込みたいと思って作業しました。結構大変でしたがとても楽しかったです。文章上での三者のセッションというか、「ここはきっとこうしたかったはずだ」とか、「ここは大事に」とか、「ここを書いている時はすごく気持ちが乗っていたんだろうな」などと勝手に想像しながら、拾い上げてくのが楽しかったです。

-中村さんは、その脚本を最初に読んだ印象はいかがでしたか。

中村 僕は「もしかしたらこういうお話が正式に来るかもしれない」みたいに言われた段階で原作を読んで、その後で脚本を読んだのですが、一見交わりそうもない人たちが、だんだんと点が線になっていく感じがすごく面白くて、あの原作をこういうふうにまとめるんだと思いました。

-今までの中村さんがあまり演じてこなかったような、不器用な好人物の役だと思いましたが。

中村 すごく楽しかったです。澄人はタイミングが悪くてどこか抜けている感じなんですけど、梓が一緒にいたいと思うような人でなければならないと思いました。それにちゃんと愛されていて、どこか憎めないが、時々垣間見える彼の男らしさとか頼りがいのあるところも表現できたらと思いながら演じました。

-監督、これは群像劇なので、中村さんや黒木華さんをはじめ、草笛光子さんら、豪華なキャストが出ていましたけど、皆さんを演出するのは楽しかったですか、それとも大変でしたか。

草野 これだけの人が集まっているのでそれを見ているだけでも楽しかったです。草笛さんと黒木さんと安藤玉恵さんが3人でいるシーンを撮っている時にふとわれに返ってしまいました。僕がこの3人を相手に監督ができるわけがないと急におじけづいてその場から逃げたくなってしまいました。そんなことがあったぐらい、今、目の前ですごいものを見ていると思う瞬間が何度もありました。

中村 僕は、今回お会いしていないんですけど、草笛さんはどんな方なんですか。

草野 僕はせりふは俳優さんが言いやすいように言ってくださって結構ですと、どの俳優さんにも言うんですけど、草笛さんは「私ならこういう言い回しの方がいいと思うんだけど」とか、一つ一つのせりふに対してチャーミングに明るく提案をしてくださるんです。草笛さんほどの方でも、脚本家や監督という役職に対するリスペクトの気持ちを持っていらっしゃるんだなと。草笛さんを通して日本映画の伝統を垣間見た思いがしました。ご一緒に撮影をする1秒1秒が何物にも代え難い経験みたいな感じでした。

-澄人を演じる上で気を付けたことや心掛けたことはありましたか。

中村 澄人は、最後は梓に「この人と一緒にいたい」と思ってもらえるような人間じゃないと駄目なので、ちゃんと先が見えるというか、この人と一緒なら自分の人生を歩めると思ってもらえるような関係を築けていけたらと思いながら演じさせてもらいました。黒木さんはすてきな役者さんなので、その相手役をやるというのは、すごく光栄でしたし、とてもうれしかったです。

-監督の演出はいかがでしたか。

中村 監督は、僕たちが最初にやったことを踏まえて自由にやらせてくださったので、決められたものではなくその時に出たものにちゃんと反応してお芝居ができるということで、伸び伸びとやらせてもらいました。

草野 佐々部監督はどんな感じだったの。

中村 僕が佐々部監督の映画に出させていただいた時は、フィルムで撮っていたので、カメラの真下にずっといらっしゃって、近距離で見ておられて、とても緊張感のある現場でした。でも、すごく優しくて、監督の前で小手先のお芝居や表面的なお芝居をしたら、絶対にバレそうな感じがする雰囲気が漂っていました。

-監督には失礼ですが、佐々部さんが撮ったらどんな映画になっただろうという…。

草野 僕もそれはずっと想像しながら、「佐々部さんならどう撮ったかな」「自分はどう撮るべきなのかな」というのはずっと頭の中にありました。

-中村さんは完成作を見てどんな印象を持ちましたか。

中村 普段は、自分の出た作品を見るのは緊張して手に汗握りながら見る感じなんです。でも今回は、言葉にすると軽くなってしまいそうですが、いっぱい泣いて感動しました。シンプルな感想なんですけど、気が付いたらそうなっている感じでした。だからいい映画に出させていただけたんだなということを、完成作を見て改めて思いました。

-最後に読者や観客に向けて、この映画の見どころをお願いします。

中村 自分は思わぬ人に支えられているんだなということに改めて気付くと思います。僕はこの映画を見て、自分が誰かに手を差し伸べたり、背中を押してあげることが、いつかは自分を助けることになると思ったので、改めて人とのつながりが意識できる作品になっていると思います。

草野 この映画は耐震用の突っ張り棒から始まるんですけど、それは僕が最初に読んだ脚本からそうなっていて、すごく細かいところから始まっていていいなと思ったんです。それは自分にはない感覚だったからそう思ったんですけど、撮り終えてみて、この映画自体が見た人にとってそういう突っ張り棒みたいな存在になったらとてもうれしいと思います。

-ネタバレになるので詳しくは言えませんが、最後に「こうなっていたのか」と分かるので、それが快感でした。

草野 それはよかったです。僕も佐々部監督の脚本を読んだ時に、きれいにだまされて、すごくいいなと思いました。だから、映像として撮った時に、ちゃんと決めたいと思ったので、そういう言葉が聞けてとてもうれしいです。

(取材・文・写真/田中雄二)