〈米大統領選〉アメリカのキャンパスで起きているトランプ氏を支持する保守派と、リベラルな政治団体の深刻な対立

人工妊娠中絶の司法判断に対するトランプの見えざる手

コローサさんのスピーチは本題に入り、保守派の勢力拡大に対する2つの危機感を明快な形で示した。1つ目は保守派の草の根からのボトムアップ作戦に対する危機感だ。

トランプ前大統領を支持する保守派は、特に2020年の大統領選挙で敗北して以降、まずは市や郡の教育委員会や議会、次は州議会、そして連邦議会と自分たちの勢力の議席を徐々に増やすことで、戦いの主導権を握ろうとしている。

じわりじわりと勢力を拡大していく保守派の手法は、公的な役職に留まらず、大学のキャンパスでも同じだ。それは、「ターニング・ポイント・USA」の創設者、チャーリー・カーク氏が勝ち誇ったように語っていた通りだ。

これに対して、コローサさんのように、全国組織の共同代表を務めながら、普段は大学のキャンパスというある意味、戦いの最前線で活動している人にとっては、じわりじわりと攻められてくる危機感は相当強いものがあるだろう。それを簡潔な表現で説明してみせた。

2つ目の危機感は、トランプ氏が、連邦最高裁判事を指名できるという大統領としての権限を使って、保守派の判事を増やし、連邦最高裁において保守派の数がリベラル派に対し優位に立ったことだ。

その影響は2021年1月のトランプ大統領退任後も続いている。大きく注目されたのが、連邦最高裁が2022年6月、人工妊娠中絶の権利は合憲としてきたそれまでの判断を覆したことだ。

民主党のバイデン政権下であったのに、こうした事態が生じた。からくりは、連邦最高裁の判事は終身制という点にある。政権が共和党から民主党に代わったとしても、判事の構成は変わらない。

ホワイトハウスと最高裁の間で、いわばねじれが生じていると言うこともできよう。アメリカでは3権分立が日本よりも徹底している印象を受ける。

日本では、政府の判断を司法が覆すことは稀有という感覚があるかもしれないが、アメリカは違う。

バイデン大統領の意向に関係なく、司法は司法として判断を下すのだ。人工妊娠中絶の権利をめぐって、トランプ前大統領は、バイデン大統領に選挙で敗れてホワイトハウスを奪われたものの、今回は、まるで見えざる手のように影響力を行使したということになる。こうした危機感をコローサさんはこう説明していた。

「私たちは、私たちの活動、そして働く人々に対する脅威を無視することはできません。組織化されてきた右派が、議会の主導権を握り、司法は、生殖に関する権利(人工妊娠中絶や避妊などの権利)、トランスジェンダーの権利、教育を受ける機会をアメリカ全土でひっくり返しています。

しかし、こうした攻撃で私たちを止めることはできません。今日YDSAは、過去にないほどに強くなっています。2000人近くのメンバーがいて、支部は130に及びます。右派が上り調子で、左派が停滞していると言われる中でも、私たちには活動を拡大させる以外にはないのです」

人工妊娠中絶の権利をめぐって、YDSAは、手術に健康保険が適用されるよう運動を展開している。コローサさんは、自分が通うNYUを含めた各支部での取り組みを紹介した。その中で重要な役割を果たしているのが、学費を稼ぐために働きながら勉強している学生たちで作る組合とのことだった。

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若者たちにとっては矛盾しないパレスチナ支援

コローサさんが演説の締めくくりで取り上げたのが、次の夏に行う合宿の紹介だ。団体の運動を活発化させるために、集中的に学習や議論を行う合宿の機会が重要なのは、政治的な信条を問わないようだ。

YDSAの夏合宿の名称は「Red Hot Summer」、直訳すれば、赤く暑い夏だ。以前の夏合宿のウェブサイトを閲覧すると、紫のベースの上に赤い鎌や赤い槌、それにバラなどを持った拳が突き上げられたデザインで、労働組合関係の集会を思わせるものだった。

コローサさんは、合宿で取り上げることが想定されるテーマとして、人工妊娠中絶の権利、卒業後の労働運動への関与などと共に、中東のパレスチナの解放を挙げた。

この集会が開かれていたのは2023年4月で、イスラエルとパレスチナをめぐる情勢が緊迫化する半年も前のことだ。パレスチナ情勢に世間の関心が大きく注がれていなかった時期に、すでにこうした問題提起をしていたことになる。

アメリカでは、ユダヤ系の政治・経済に対する影響力が大きく、伝統的にイスラエル支援の動きが目立つ。だからこそ、今のアメリカでは、若者たちによるパレスチナ支援の動きが以前よりも目立っていることが、ある意味驚きをもってメディアによって伝えられている。

2024年春には、アメリカ各地の大学で、イスラエルによるパレスチナのガザ地区への攻撃に抗議するデモが発生し、警察が出動する事態になった。しかし、政府や財閥といったいわば権力者と対峙し、新しいアメリカを作ろうという若者たちにとっては、パレスチナ支援は自然なことのようだ。