Credit: Edmund A. Jarzembowski et al., Science Advances(2024)
恐竜時代の空中戦がセミを進化させたようです。
英ロンドン自然史博物館(NHM)、中国科学院(CAS)はこのほど、2億年以上前の三畳紀に誕生した古代ゼミの一群が、約1億6000万年前のジュラ紀後期を境に、飛行能力の急速な進化を遂げていることを明らかにしました。
この時期は鳥類が台頭し始めた時期と一致しており、古代ゼミは捕食鳥から逃げるために翼の長さや体格を劇的に変えたことが示唆されたのです。
ライバルの存在によってセミはパワーアップしたのかもしれません。
研究の詳細は2024年10月25日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
セミの楽園を終わらせた強敵「鳥類」の台頭セミは鳥類の出現によって超進化していた!
セミの楽園を終わらせた強敵「鳥類」の台頭
今回、調査されたのは「ムカシゼミ科(Palaeontinidae)」という絶滅ゼミのグループです。
彼らは別名・ジャイアントシカダ(=巨大ゼミ)と呼ばれるようにセミの中でも大型の一群で、翼を広げた横幅は15センチ以上にも達しました。
彼らが生きていた時代は2億年以上前の三畳紀中期〜約1億年前の白亜紀後期であり、獰猛な恐竜たちが繁栄した時期と一致します。
ただ彼らが誕生した初期の頃は空を飛べる生物が昆虫しかおらず、ムカシゼミに対する捕食圧はほとんどなかったのです。
彼らは心ゆくままに樹液を吸い、空を飛んでいれば、敵に食べられることもありませんでした。
まさに昆虫たちにとって地球は楽園だったことでしょう。
ムカシゼミの化石 / Credit: en.wikipedia
ところがセミたちを絶望させる生物が約1億6000万年前のジュラ紀に出現します。
それが空を飛ぶことのできる鳥類でした。
最初の鳥類は小型で肉食性の獣脚類の一部から進化したと考えられており、羽毛の生えた翼を使って、木から木へと滑空しながら飛び移る能力を持っていたのです。
これはセミを含む多くの昆虫たちにとって最悪の事態となりました。
今まではどんなに凶暴な相手でも空さえ飛んでいれば逃げられたのに、突如として、空も飛べる凶暴な捕食者たちが現れたからです。
始祖長のイメージ図 / Credit: ja.wikipedia
そしてムカシゼミたちは古代の鳥類たちにどんどん捕食され、格好の餌食となっていきました。
しかしセミの方もやられっぱなしではいられません。
新たな脅威が現れれば、新たに進化を遂げるまでです。
研究チームは最新の調査で、その証拠を見つけることに成功しました。
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セミは鳥類の出現によって超進化していた!
ムカシゼミ科には約100種類ほどの種類が知られ、生息期間も非常に長かったことから、これまでに数多くのセミ化石が見つかっています。
さらにそれらを年代順に並べることで、体格や翼の変化を追跡することができます。
そこでチームは今回、約90種類のムカシゼミの化石を分析し、時代ごとにどのような進化したかを調査。
その結果、約1億6000万年前のジュラ紀後期を境に急速な進化を遂げていたことが判明したのです。
進化のビフォーアフターを比べると、違いは一目瞭然でした。
初期のムカシゼミは体型が比較的細身で筋肉量が少なく、翅(はね)は短めで楕円形に近いものでした。
また4枚ある翅のうち、前羽に比べて2枚の後ろ翅もかなり大きく、速度のある飛行には不向きだったと考えられています。
左:進化前の化石と全体像、右:進化後の化石と全体像 / Credit: Edmund A. Jarzembowski et al., Science Advances(2024)
ところが約1億年前の白亜紀にいたムカシゼミを見ると、体型がずんぐりと太くなり、筋肉量が増えていました。
2枚の前翅は以前に比べて細長くなり、後ろ翅は非常に小ぢんまりとした三角形になっていたのです(上図の左下を参照)。
これらの変化を踏まえると、ムカシゼミは筋肉量の増加によって翅をより素早く動かせるようになり、翅の形状変化によって揚力の向上と飛行の効率化を起こしたと見られます。
研究者によると、白亜紀にいたムカシゼミは初期の祖先に比べて、筋肉量が平均19%増えており、飛行速度は39%も速くなったと推定されたとのことです。
では何がセミたちの超進化を促したかというと、これは間違いなく鳥類の出現が最大の要因だと考えられています。
セミが急速に進化を始めた約1億6000万年前のジュラ紀は、まさに鳥類たちが台頭を始めた時期とぴったり一致していました。
最初期の鳥類たちの餌がほとんど決まって昆虫だったことを考えると、鳥類による捕食圧がセミたちの進化を加速させた可能性が最も高いのです。
鳥から逃げるムカシゼミのイメージ図 / Credit: Edmund A. Jarzembowski et al., Science Advances(2024)
このような”進化の軍拡競争”とも呼べる現象は、自然界では何も珍しいことではありません。
ある種の生物が天敵を出し抜くために新しい能力を進化させると、それに対抗して天敵の方もその能力を上回る能力を進化させるのです。
特に有名なケースが「コウモリvsガ」の進化競争でしょう。
コウモリがエコロケーション(反響定位)によってガの居場所を検出する能力を備えれば、ガはそれに対抗して、コウモリの発する超音波を吸収できる翅を進化させ、自らをステルス化する能力を獲得し始めたのです。
両者の軍拡競争は現在進行形で続いています。
残念ながらムカシゼミ科は絶滅してしまいましたが、いつの時代も、ライバルの存在が生物をネクストステージに引き上げてくれるようです。
参考文献
The evolution of birds made giant cicadas better flyers
https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2024/october/the-evolution-of-birds-made-giant-cicadas-better-flyers.html
Predatory birds from the Jurassic may have driven cicada evolution for millions of years
https://www.livescience.com/animals/extinct-species/predatory-birds-from-the-jurassic-may-have-driven-cicada-evolution-for-millions-of-years
元論文
Enhanced flight performance and adaptive evolution of Mesozoic giant cicadas
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adr2201
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部