第56回:玩具から映画へ  LEGOとミュージシャンがコラボした画期的なドキュメンタリー アニメーション映画『Piece by Piece (原題)』

全米週末興行ランキングで公開6週目ながらトップ10にランクインする健闘をみせたのが、日本発信ハズブロ共同製作映画『トランスフォーマー/ONE』(2024年10月25日~10月27日)。その理由は『トイ・ストーリー4』の監督ジョシュ・クーリーが、玩具が作られた原点、最初のアニメーションに立ち返って息を吹き返らせた点にある。おもちゃから映画へという発想は昨年、アカデミー賞作品賞にノミネートされた実写映画『バービー』の成功からもわかるように、上り坂の傾向にある。先月、米国限定で公開された音楽伝記映画『Piece by Piece (原題)』は、ヒップホップの伝説的アーティスト、ファレル・ウィリアムスの天才的な偉業と作曲過程をピース・バイ・ピース、一つ一つ積み立てていくLEGOアニメ伝記ドキュメンタリー。この画期的なLEGO映画の誕生話をこのコラムでもいち早くご紹介。

ファレル・ウィリアムスの音楽と映画

今夏大ヒットした『怪盗グルーのミニオン超変身』のサウンド・トラックほか、ミニオンファン、音楽ファンならば、第1作『怪盗グルーの月泥棒』から映画作曲家ハンス・ジマーやヘイター・ペレイラと並んで、ファレル・ウィリアムスの名前がクレジットされていることに気が付いていたかもしれない。

1990年代、アメリカ南部バージニア州の低所得者層エリアで育ったファレルが仲間と結成したのが音楽プロデュースグループ「ネプチューンズ」。画期的な音楽センスをもつファレルの楽曲はたちまちセレブの目にもとまり、数々のミュージシャンとコラボを開始。ジェイ・Z、ビヨンセ、スヌープ・ドッグ、グウェン・ステファニーなどとタッグを組み、聴けばすぐにわかるキャッチーなフレーズを次々に生み出してきた。その天才的な音楽センスは必然的に歌手としての活動に移行。ダフト・パンクとの「ゲット・ラッキー」、楽曲「ハッピー」など、だれでも踊りたくなるリズムとメロディはまたたく間に音楽ファンを魅了し、世界中にファレル旋風を巻き起こした。

ファレル・ウィリアムスのマルチな活動は留まることを知らず、日本人デザイナーのNIGOとアパレルデザインを共同プロデュースするだけでなく、2023年にはルイ・ヴィトンのメンズクリエイティブ・ディレクターにも就任。そんな多忙なファレルがなぜ今、自身の伝記映画を描きたいと思ったのか。それは彼自身がアーティストとして苦悩したときに奮い立たせた力の源を表現したかったからだそう。ロサンゼルスのプレミア上映会の席に、監督モーガン・ネヴィルと登場したファレル・ウィリアムスは、ピンクの帽子の下にシャイな素顔を隠しながら、そんな自伝映画をなぜLEGOアニメーションで描きたかったかを語っていた。

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ドキュメンタリーとLEGOアニメーションのハイブリッド映画

この映画はインタビュー形式で、モーガン・ネヴィル監督がファレルにインタビューするところから始まる。LEGOキャラクターとなって登場する監督は、ファレルのリクエスト「LEGOで自伝映画を作りたい」というコメントに驚きを隠せない。そのLEGOの顔が監督そっくりで観客も思わず笑いをそそられる。モーガン・ネヴィル監督は自身が製作した音楽ドキュメンタリーでグラミー賞に3度ノミネートされるほど、音楽系アーティストを中心にした映画で定評のある監督で、『バックコーラスの歌姫たち』でアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞している。ファレルがなぜ彼を指名したのかというと、心温まるドキュメンタリー映画『ミスター・ロジャースのご近所さんになろう』を見たからだそう。主人公となるフレッド・ロジャースの名言の一つは、「成功への道は3つ。1つ目は優しくすること。2つ目は優しくすること。3つ目も優しくすること。」黒人差別は法で禁じられていながらも、同じプールに黒人が白人と入れなかった1969年の米国。フレッド・ロジャースは自身のTVシリーズに黒人警官を招いて人種差別のバリアを壊したことで有名なTVホストである。ファレルにとって、音楽で頭がいっぱいだった少年時代の自分、黒人少年であった自身のアバターがLEGOランドで飛び回る世界を見れるなんて最高じゃないかと、自伝映画製作に臨んだという。

ネヴィル監督は、ファレル・ウィリアムスの情熱に同意したものの、この『Piece by Piece (原題)』は監督自身にとってもチャレンジの多い作品。通常のドキュメンタリーなら、その主人公となる人物の人生をどのように綴るかは監督次第。しかしこの映画の場合、天才ミュージシャンのファレルが、監督が作ったものに対して、自ら楽曲を作曲してバージョンアップさせており、夢のような視覚と聴覚のコラボレーションが生まれている。

記者会見の席で、このドキュメンタリー映画ができるまでの過程を説明したネヴィル監督。その手法とは、ドキュメンタリー映画としてのインタビューやミュージックビデオを最初の過程でひとまず収録。そしてそれをアニメ化する作業を、LEGOアニメーションチームを率いる監督ハワード・E・ベイカーとともに構築。ミュージックビデオの部分は、収録部分を一切見せずにアニメーションでシネマティックに作り直し、LEGO映画でこんなことが可能なのかと目を疑う世界観。「不可能を可能にしたい」という2人の情熱は、それぞれのクリエイティビティを刺激し、物作りとは、その成功の裏にある音楽業界の現実と挫折を定義する。左に進めと言われたら右に進んできたファレルの勇気ある行動も余すところなく反映させている。

ファレルがヒットソング「ハッピー」を生み出したのは皮肉にも自らが落ち込んでいたとき。宇宙全体から見たら、自らの行為はちっぽけな存在なんだから、成功なんてどうでもいいんだと開き直って作った曲が「ハッピー」だった。この映画はドキュメンタリーであるものの、音楽とLEGOアニメーションによっていつのまにかカミング・オブ・エイジ映画を見ているように、天才の脳の中をトラベルするようなライド映画に仕上がっている。