新川崎の大規模マンションに暮らす真央。「量産型主婦」を自覚しているが、かつての真央はバリバリの個性派女子だった。そこでかつての想い人に会ってしまう。同じ趣味やセンスを持っていた彼もまた、普通の中年パ...

【何者でもない、惑う女たちー小説ー】

【新川崎の女・鈴木 真央41歳 #3】



思い出したくない!(写真:iStock)

 新川崎の大規模マンションに暮らす真央。「量産型主婦」を自覚しているが、かつての真央はバリバリの個性派女子だった。そこでかつての想い人に会ってしまう。同じ趣味やセンスを持っていた彼もまた、普通の中年パパに変貌していて…。【前回はこちら】【初回はこちら

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「あああああああ、もう!」

 キッチンの掃除をしながら、真央は突然大声で叫んだ。

 夕食を終え、リビングのソファでくつろいでいた凛と文敏は、何事かとビクッと肩を震わせる。

「…どうしたの?」

「あ、いや、コンロについたコゲがどうしても落ちなくて」

 言い訳したが、全くの嘘。夕方、キッズルームで銀二に投げかけられた言葉がふとよみがえり、突発的に爆発してしまったのだ。

『真央はずいぶん落ち着いたよね』

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まるで二度目の失恋をした気分だ

 だけど、それはこちら側のセリフだった。銀二の方が容貌も、雰囲気も、会話の中身も、何もかも変貌していたのだから。

 強いて言えば礼音くんから、多少の彼らしさを感じるくらい。今どき珍しい五厘刈り。孤高の存在だった彼のマインドの片鱗を見た。凛も前髪ぱっつんおかっぱ頭だから、他人(ひと)のことは言えないが…。

 ――あの時、「あんたもね」と言い返せばよかった。



掃除で多少は気が紛れるけど…(写真:iStock)

 くすぶる感情を解消すべく、コンロのこすり洗いに没頭する。ずっと汚れを放置し、こびりついたコゲはなかなか取れない。

 まるで、二度目の失恋をした気分だった。

 空虚な気持ちを押し殺そうと、心を無にし、真央は必死で手を動かす。その甲斐あって、しばらくすると輝きを帯びてきた。

 嬉しいのに、なぜか寂しさが吹き込む。

「…」

 真央は、思い知る。

 勝手に自分の中に『あの頃の銀二』を飼っていたのだということを。

 彼はずっとあの街で、退廃とカルチャーに溺れながら汚れたままでいてほしかった。

 ――銀二は、あの頃のわたしの拠り所だったんだ…。