新川崎の大規模マンションに暮らす真央。「量産型主婦」を自覚しているが、かつての真央はバリバリの個性派女子だった。そこでかつての想い人に会ってしまう。同じ趣味やセンスを持っていた彼もまた、普通の中年パ...
銀二が投げかけた「本当の」言葉の意味
なぜ気づかなかったのだろう、と真央は再び、奇声を発したくなる。
“武”と“凛”の名は、昔好きだった映画『恋する惑星』に出てくる俳優さんからとった。
金城武と、ブリジット・リン。学生時代から子どもができたらセットで付けたいと温めていた名前だった。親戚や夫には適当に由来をこじつけ、納得してもらった。
――まさか、レオンくんも…?
武と凛の名前を出したときの反応からして、銀二の息子も、あの映画に由来しているにちがいない。
適当にあしらっただけでなく、その意味にさえも気づかなかった。
変わったと言われても仕方ない。
いや、もう変わってしまっているのだ。身も心も、すべて。
通好みの映画をよく見ていた(写真:iStock)
時の流れに従っていれば人間が変わるのは必然だ。社会性を身に着けて、服装や言動が成長するのもあたりまえのこと。
だけど自分だけは、どんなに見た目は変わっても、芯は変わらないと思っていた。変わりたくなかった。センスも志向も考え方も、「ちょっと変わり者」を自負していた昔のままであるはずだと。
そんな、平凡な一般人になりきれない自分も好きだった。
でも――。
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浜崎あゆみの歌詞を噛みしめる
「掃除、終わったよ。武を呼んで風呂入ってくるね」
「うん、ありがとう」
武と入れ替わりに文敏が24時間保温のシステムバスへ向かう。
人造大理石のキッチン天板、夫のおかげでピカピカになったビルトインコンロを見つめる。何もかもが恵まれた暮らしやすい環境、住居。ありふれた幸せがここにあることを実感する。
絵本を読みながらいつのまにか眠ってしまった凛に毛布をかけ、テレビ画面に目をやると、平成の懐メロ特集がやっていた。
浜崎あゆみの良さもわかってきた(写真:iStock)
浜崎あゆみのSEASONSが流れている。口ずさみながら歌詞を噛みしめる。
真央は、いい歌だと素直に実感した。何回もカラオケで歌っていたはずなのに、はじめて気づいたことだった。
『真央はずいぶん落ち着いたよね』
銀二の言葉を反芻する。口調に落胆が込められていた。彼もまた、あの時のままの真央を心の中でずっと飼っていたのかもしれない。
――別にいいよね、平凡になるのも。