日本を代表する脚本家であり演出家、映画監督の三谷幸喜。多くの名作を世に送り出し、日本のエンターテインメント界を牽引してきた。そんな彼の作品を彩ってきたのが作曲家の荻野清子の楽曲だ。三谷幸喜の最新作『スオミの話をしよう』(主演:長澤まさみ)でも荻野の楽曲が作品をさらに印象深いものにしている。今回は荻野に制作秘話などをお話しいただいた。
(著:長井進之介)
三谷監督の確固たるイメージを音にする喜びと難しさ
―映画を拝見し、音楽との融合が非常に印象的でした。三谷監督からはどのようなオーダーがあったのでしょうか。
私が作曲する上で行ったことはとにかく監督の頭のなかにあるイメージに近く、ということでした。ものすごく明確なイメージをお持ちで、それを具体的な言葉にしてくださるので、作曲者としてはとてもありがたいです。ただ、少しでも違うと思われたときはバッサリと「違います」と仰られるのですが(笑)。
―今回、メインテーマ(オープニング)についてはかなり完成までに時間がかかったそうですね。
はい、OKをいただくまでに25曲作りました。そもそも私は、どちらかといえばメロディを作るのが得意なのですが、このテーマ曲については「メロディはいらない」「メロディじゃないものでインパクトのあるものを」というオーダーでしたので、私としては「どうしたらいいのか…」と最初から悩んでしまって。手を替え品を替え様々な楽曲を作ってお聴きいただいたのですが、なかなかGOがでなくて…。以前にも『ギャラクシー街道』(2015)の曲でそういったことがあったのですが、その時は12、3曲でした。その倍ですから…人生で初めて、というくらい悩みました。最終的には第1案とは全く違うものが完成しました。
物語の最後で明らかになる音楽上の“仕掛け”
―映画を通して重要な楽曲となるのが《スオミのテーマ》ですね。これが様々な形に変化しながら劇中で場面を彩っていきます。
こちらはすぐに出来上がったのです。まず、最初に作った楽曲がラストのミュージカルシーンで流れる《ヘルシンキ》で、これをもとにスオミのテーマが作られています。もともとはオープニング、スオミのテーマ、ヘルシンキの3曲を柱に楽曲を構成していくという案だったのですが、今回の映画ではそもそも音楽を使う場面が少なくて。それならヘルシンキとスオミのテーマを同じものにしたほうが世界観に合うかもしれない…と思っていたら監督も同じ意見になり、二本柱で構成していくことになりました。
―観客の立場としては、オープニングでは《ヘルシンキ》や《スオミのテーマ》の要素は一切出てこず、劇中で聞こえていたメロディが最後になって《ヘルシンキ》のサビで輝かしく登場したので、答え合わせをしたような感覚でした。
そうですね、かなり珍しいパターンだと思います。通常なら最初に登場したものがどんどん変化していくのですが、今回の場合は最後になって「こういうことだったのか」となりますからね。ただ、そのぶんもう一回映画をご覧いただく楽しみも増えるんじゃないかなと。最初の鑑賞中ではおぼろげだったものがもっとはっきり聞こえてくるので、新しい発見もあると思います。ぜひ繰り返し“聴いて”、“観て”いただきたいですね!
楽曲を輝かせる楽器のチョイス
―劇中では長澤まさみさんが演じる「スオミ」が結婚していた男性に応じて全く性格を変えていましたが、その変化に応じての楽曲のヴァリエーションが本当にそのキャラクターとぴったりで驚きました。
使用する楽器の使い方で雰囲気を変えようかなと。西島秀俊さん演じる草野圭吾の妻だったときはフルートやクラリネットなど木管で、坂東彌十郎さん演じる寒川しずおの妻のときはサックスやトランペットを使用してジャズ風にすることで堂々とした雰囲気を演出するなど…これはとても楽しい作業でした。
―クラシックでいうと「ライトモティーフ」(ある旋律をただ繰り返すのではなく様々に変化させて散りばめていくことで登場人物の感情や状況の変化などを示唆する手法)のような作り方だと感じましたが、このようなことは劇伴ではよく行われるのでしょうか?
そうですね、それこそ『記憶にございません!』(2019)では全ての劇伴を1曲のバリエーションで構成していました。
映画館からの帰り道で思わず口ずさみたくなる《ヘルシンキ》について
―《ヘルシンキ》についてもお伺いします。すんなりとできたそうですが、別のパターンの楽曲も用意されていたとか…?
はい、この曲に限らずなのですが、スムーズにできたときはいつも「もう少し悩んでみよう」ともう一曲作るのです。最終的にはやはり最初にできたものがやっぱりよかった、ということが多いのですが、ときどき後の曲の方がいい、ということにもなったりします。今回は最初にできたもので決定しました。ちなみに別バージョンはサビのメロディも含め全く違う楽曲になっていました。現在のもののほうが皆さんに口ずさんでいただきやすいものになったかなと思います。
―セリフも入っていますし、言葉も多く、サビは「ヘルシンキ」が繰り返され…と、メロディをつけるのはかなり大変な楽曲だったのではと思うのですが…。
あまり苦労はしませんでしたね。イメージもひじょうに具体的で、ミュージカル映画『CHICAGO』の《ロキシー》のような楽曲を、というオーダーでしたので。
―演者の皆様の素晴らしい歌唱もあいまって素晴らしい楽曲に仕上がっていましたが、レコーディングのときの様子を教えていただけますか。
これは三谷さんならではの録り方だと思うのですが、まず一度歌を録音をします。そのあとその録音を流しながら撮影をして、最後にその映像を見ながらもう一度録音をし直すのです。ですから、いまお聴きいただけるのは2回目の録音となります。実際に動きながら映像を録るとやはり歌い方は大きく変わりますね。アクセントのつけ方、そして動きに応じてよりダイナミックな発声になったり。最終的に素晴らしいものになったと思います。ちなみに男性陣の仮歌は全パート三谷監督に歌っていただき、それを皆さんが聴きながらお稽古されていました。この三谷監督の仮歌は実はCDにも混ざって収録されていて、それがまたいい効果を生んでいますね。
―劇中で使用される楽曲数が少ないのも非常に印象的でした。そのぶん各曲がとても効果的に響いていましたが…。
そうですね、今回は22曲でした。これはかなり少ないですね。通常は3~40曲で、『ザ・マジックアワー』(2008)のときは62曲書いています。実際、「こんなに少なくて大丈夫かな?」と不安になったり、「ここは音楽があった方がいいのでは?」と思い、監督に提案したりもしました。「書いてもボツになるよ」と言われたのに書いて、結局ボツになったものもたくさんあります。ボーナストラックに入っている《ピアノソロ》は、特に私としてはどうしても入れたいと最後までねばったものです。監督は頑として「絶対にいらない」と仰り、最終的に採用されませんでした(笑)。でも確かに実際に試写を観てみたら、音楽がないことでそのシーンがより効果的になっていたなと理解できました。また、レコーディングしてみたことで「やっぱり使おう」となった曲(《ルイボスティーはノンカフェイン》、《2番目の男》)もあります。私が想定していた場所とは違うところで使われていたので驚きましたが(笑)。本当に三谷監督のアイディアはすごいですね。長年ご一緒してきましたが、まだまだ頭のなかが読めません。特に今回は今までとは違った制作現場になったと思います。
―三谷監督の作品と荻野さんの作品は切っても切り離せないものだと思います。今後もたくさんの素敵な作品を楽しみにしています。最後に、ぜひ今後「こういうものを書いてみたい」というものがあれば教えてください。
以前、三谷監督のドラマ『風雲児たち』(2019)ではピアノだけでサウンドトラックを書かせて頂いたのですが、ぜひいつか映画でもそれをしてみたいです。一番身近な楽器ということもあり、ピアノだけで書きたい、という想いは以前からずっとあって。ドラマではそれがかなったので、いつか短編でもいいので、映画でもそれが実現できるといいなと思っています。
Information
『スオミの話をしよう』オリジナル・サウンドトラック
発売日:2024年9月11日発売
品番:KICS‐4167
価格:¥2,860(税込)
音楽:荻野清子
収録曲:
01. スオミ / オープニング
02. 草野スオミ
03. 寒川スオミ
04. 脅迫状
05. 魚山スオミ
06. 猿ぐつわスオミ
07. ザックリカメラマーチ
08. 刑事たちの休息
09. スオミ、その愛
10. 金を払うつもりはない
11. 金は払う
12. 2番目の男
13. スオミのいない夜
14. セスナで行こう
15. ルイボスティーはノンカフェイン
16. 小磯の推理 Part1
17. 小磯の推理 Part2
18. 黒幕登場
19. みんな大好き
20. スオミとの別れ
21. ヘルシンキ
22. スオミ / エンディング
23. ピアノソロ1
24. ピアノソロ2
25. ザックリカメラサンバ
26. ザックリカメラアナウンス(セリフ:山寺宏一)
27. ヘルシンキ(no vocal version)
※21以外はインストゥルメンタル。
※26はナレーション
商品詳細:https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICS-4167/
配信はこちら:https://king-records.lnk.to/suomi
映画『スオミの話をしよう』
公開:2024年9月13日(金)
製作:フジテレビ 東宝
制作プロダクション:エピスコープ
配給:東宝
コピーライト表記:©2024「スオミの話をしよう」製作委員会
映画公式サイト:https://suomi-movie.jp/