〈【推しの子】完結〉赤坂アカが連載中に決めていた1つの覚悟「嬉しいこともいっぱいあるんですけど、それ以上に責任が重く…」

『【推しの子】』のスタート地点には、「他人」がいた

――『【推しの子】』はアニメ化され、OP主題歌であるYOASOBI「アイドル」と共に社会現象になりました。そうした現象をどのように見ていましたか?

『【推しの子】』は僕が「作画をやめて原作に専念する」と宣言してから最初の作品なんですけど、正直「これ以上は難しいんじゃないか」っていう当たり方をしてくれました。なので、次へのハードルがめちゃくちゃ高くなっているのを感じていて、「そんなのできるの?」って感じです(笑)。だからおとなしく農作物を育てて生きていったほうがいいんじゃないかと……。

――いやいや。農作物もよさそうですが、次回作も期待してます!

はい(笑)。

――(笑)。『【推しの子】』という作品自体に対しては、こうした社会現象化からの影響はありましたか?

もちろん、影響は受けたと思います。そもそもの話、『【推しの子】』という企画の始まりは「誰かとものを作りたい」という想いだったんです。実際に「誰かと作った」ことを象徴する演出も作中に盛り込んでいますが、アニメも主題歌もそのうちの1つで、いろんな『【推しの子】』全部含めてワングループでやっているという意識を持っています。

なんなら『推しの子』で描いたテーマの1つも、「誰かとものを作ること」だったのかもしれない。……そう思っている部分があります。漫画やアニメや舞台など「自分だけでは作れないもの」を誰かの力を借りて作る業界内のディスコミュニケーションや、そこにいる推しとファンとのコミュニケーションを描いていたんじゃないかって。

――その「誰かと一緒に作りたい」という原点は、『かぐや様』を描いた経験からくるものなのでしょうか?

『かぐや様』を通して、僕がちょっと大人になったということだと思います。作品が広がっていくときって、その漫画だけが広がっていくわけじゃないんですよね。メディアミックスや広告、出版社さんがやってくれてる仕事込みで広がっていく。自分だけでは限界があることがわかって、人と人との仕事の大事さに気づいた。それが大きいと思います。

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作品のヒットに芽生えた「嬉しい」と「怖い」の感情

――そんな赤坂先生と最も近い位置で一緒に『【推しの子】』を作ったのが横槍メンゴ先生です。『【推しの子】』現象についてメンゴ先生と話すことはありましたか?

たまに直接会うと、そういう話になっていました。もちろん、僕とメンゴ先生では作品がヒットしたことについて、その感じ方は違うんじゃないかと思います。ただ、作品がヒットすると「嬉しい」と「怖い」の両方の気持ちが生まれるのですが、お互いに「怖い」のほうを中心に話してた気はします。

もちろん、嬉しいこともいっぱいあるんですけど、「それ以上に責任が重くのしかかってきた」。それが僕とメンゴ先生の共通の意見じゃないかと思います。

#2へつづく

取材・文/照沼健太