Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部
わずか数時間のうちに1000万匹以上のシシャモが姿を消す…
そんな神隠しのような出来事がノルウェー沖で確認されました。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)とノルウェー海洋研究所(IMR)の研究によると、これはシシャモの大群が約250万匹のタラに遭遇したときに起こったもので、研究者は「これまでに記録された史上最大規模の捕食イベントだ」と評しています。
しかしそんな短時間で大量のシシャモが食べられるとすると、種の存続に支障はないのでしょうか?
研究の詳細は2024年10月29日付で科学雑誌『Communications Biology』に掲載されています。
目次
シシャモは全長数十キロにおよぶ大群を作る!数時間で1000万匹が食べられていた!
シシャモは全長数十キロにおよぶ大群を作る!
今回、大量消失が確認されたのはノルウェー沖に分布する「カラフトシシャモ(学名:Mallotus villosus)」です(以下、シシャモと表記)。
同海域に生息するシシャモたちは毎年2月になると、産卵をするために北極圏からノルウェー沖まで大移動しています。
その数はなんと数十億匹単位(!)というから驚きです。
シシャモたちは大群を形成し、巨大でまとまりのある集団として移動します。
その大群の全長は数十キロにも及ぶことがあり、スイミーも顔負けの長さです。
カラフトシシャモはスイミー顔負けの大集団を形成する / Credit: canva
その一方で、シシャモの大移動にはリスクが伴います。
ノルウェー沖はシシャモの主要な捕食者である「タイセイヨウダラ(学名:Gadus morhua)」の拠点でもあるからです。
タイセイヨウダラ(以下、タラと表記)もシシャモには遠く及びませんが、数百万単位の群れを形成し、シシャモを捕食しています。
タラはどれだけシシャモを捕食しているのか?/ Credit: Christine Daniloff, MIT
しかし研究者たちはこれまで、シシャモの大群とタラの群れがぶつかったときに、どれほどの規模の捕食イベントが発生しているのかを詳しく測定したことがありませんでした。
そこでMITを中心とする研究チームは音響システムを駆使して、シシャモとタラの間でどのような相互作用が起こっているかを調べてみることにしました。
(広告の後にも続きます)
数時間で1000万匹が食べられていた!
研究チームは今回、2014年2月にノルウェー沖のバレンツ海で収集した音響データを再分析しました。
この音響技術は「海洋音響導波路リモートセンシング(OAWRS:Ocean Acoustic Waveguide Remote Sensing)」と呼ばれるものです。
これは調査船の底部に設置された音響アレイを使って、海中のあらゆる方向に音波を送信し、魚の浮き袋に反響させます。
浮き袋は空気の詰まった袋状の器官であり、魚はこれを使って海中での浮力を自在に調節しています。
実はこの浮き袋は魚の種類ごとに音波の反響の仕方が変わるので、その差を見分けることで魚の種類を特定できるのです。
a:OAWRSが50秒間で調査できる範囲を示した図、b:OAWRSの図解。垂直に降ろした音響アレイが送信用で、水平に曳航させたものが受信用 / Credit: Nicholas C. Makris et al., Communications Biology(2024)
もちろん、浮き袋の反響パターンを見ることでシシャモの群れなのか、タラの群れなのかも識別できます。
研究主任のニコラス・マクリス(Nicholas Makris)氏によると「タラには大きな浮き袋があって、ビッグベンの鐘のように低い共鳴音を発するのに対し、シシャモの小さな浮き袋はピアノのハイトーンのように響く」といいます。
これを踏まえて2014年のデータを新たに分析した結果、全長10キロ以上にわたる最大2300万匹のシシャモの大群が捉えられました。
それと同時に約250万匹が集まったタラの群れも確認されています。
そして両者の集団がバレンツ海でぶつかったとき、わずか数時間のうちにタラの集団がシシャモの大群の半数におよぶ1000万匹以上を食い尽くしたことが判明したのです。
左のa列:シシャモの大群の時間変化(ⅲで半分が減っているのがわかる)、右のb列:タラの群れの時間変化(ⅲで捕食のために散らばったことを示す) / Credit: Nicholas C. Makris et al., Communications Biology(2024)
これは非常に驚くべき結果であり、マクリス氏も「これほど大規模な捕食者と被食者の相互作用を目の当たりにしたのは初めてです」と話しています。
ただそんな短時間でこれほどのシシャモが食べられるのだとすると、種の存続に重大なダメージが出るのではないでしょうか?
しかしこれについてマクリス氏は「まったく心配ない」と指摘します。
というのも、北極圏からノルウェー沖を毎年移動するシシャモの大群は数十億匹という膨大な数がいるので、1000万匹以上が食べられたとしても、それは全体の約0.1〜0.2%が減ったに過ぎないのです。
それくらいの損失であれば、種の存続にとって何の問題もありませんし、新たな産卵によってすぐに個体数が戻ります。
今回の結果は、自然界での捕食イベントが私たちの想像する以上にダイナミックに起こっていることを教えてくれるものです。
参考文献
Oceanographers record the largest predation event ever observed in the ocean
https://news.mit.edu/2024/oceanographers-record-largest-predation-event-ever-observed-1029
World’s Largest Predation Event Ever Recorded Captured in Norway
https://www.sciencealert.com/worlds-largest-predation-event-ever-recorded-captured-in-norway
元論文
Rapid predator-prey balance shift follows critical-population-density transmission between cod (Gadus morhua) and capelin (Mallotus villosus)
https://doi.org/10.1038/s42003-024-06952-6
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部