マルセル・ヒルシャー6季ぶりの復帰で結果を残す!
2018-19シーズンまでにアルペンワールドカップで前人未到の総合8連覇を達成し、その年を最後に引退したマルセル・ヒルシャー。’24-25シーズンより、国籍をオーストリアから母の母国であるオランダに移して、6季ぶりの復活を決めた。しかし、夏のトレーニングからマテリアルの調整で苦戦していることなどが報道され、ワールドカップ復帰も、自身がプロデュースするスキーブランド「VAN DEER RedBull Sports」の宣伝が目的ではないか、と批判的な意見もみられた。
そんななか、ヒルシャーにとって追い風となるルール変更がFIS(国際スキー連盟)から発表された。それが”ワイルドカード”(ルール詳細は前回のコラムに記載)。関係者からはヒルシャールールとも呼ばれており、過去に活躍したスーパースターがレースに復帰しやすいように、ワールドカップの出場権に加え、ノーポイントでも有利なスタート順を与えられる、ヒルシャーのために作られたと言っても過言ではない、前代未聞の特別ルールだ。
ワイルドカードの決定以降も、ヒルシャーは準備不足を理由にレースに出場するかどうかわからない状況が続いたが、レース開催まで1週間を切ったころ、本人から開幕戦出場が発表された。これまでのネガティブな報道、そしてヒルシャー自身がレース直前まで出場を決められなかったこともあり、関係者の期待は薄れ、レース2本目への出場権利となる「1本目30位以内」は難しいのではないか、というのが大方の予想であった。
ワイルドカードを獲得し、ランキング30位以内のシード選手のすぐあとに滑れる権利を持って出場した開幕戦だが、ヒルシャーの実際のスタートは30番以降にワールドカップ総合ポイント500点以上を持つ3人の選手の後、34番でのスタートとなった。気温が高かったこともあり、氷に覆われたコースは少し掘れてはいたが、そこまで滑りにくい状況ではない。
そんな状況のなか、6季ぶりのワールドカップ復帰とは思えない安定感と攻めの滑りで、トップと2.29秒差、28位に入ってきた。そして、3番目のスタートとなった2本目。荒れていないコースで、6年前からほとんど衰えを感じさせない、パワフルかつテクニカルな滑りでフィニッシュし、終わってみれば2本目は、なんと3位のタイム! 合計タイムで23位。誰もが予想していた以上の好成績を収めたのだった。
確かにヒルシャーの復帰は、自身のブランド宣伝が一番の目的だったのかもしれない。理由は何にせよ、大きなブランクを感じさせない滑りと結果は、大会関係者や出場している全選手、そして世界中のスキーファンを驚かせるとともに、最高のブランドアピールができたことは言うまでもない。
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ヒルシャーが、自身のInstagramに投稿した大きな笑顔の写真が印象的だ。
7.3万人から「いいね!」がつき、スーパーヒーローの復帰を喜ぶファンからのコメントに、「あなたは真のビジョンを持った人で、スポーツや産業、生き方を再定義するという貢献をしている」や、「あなたならできると知っていた。これからはすべてが“楽しさ”のために。 あなたと私たちのために。 私たちはあなたがいなくて寂しかったよ、マルセル」といった温かなコメントが山ほど寄せられた。
次戦はレビ(フィンランド)で行われるスラローム開幕戦。ヒルシャーは、このレースへの出場に向けてもトレーニングを重ねている。
▼開幕戦に備えてゼルデンの現地でトレーニング中の本人による投稿
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ルーカス・ピンヘイロー・ブラーテンの特別な存在感
’22-23シーズンにノルウェー代表として、若干22歳でスラロームでの種目別優勝を果たしたルーカス・ピンヘイロー・ブラーテン(ブラジル)。次は総合優勝とファンが期待していた最中の昨シーズン、開幕直前のタイミングで引退を発表した。(詳細は前回のコラムに記載)
それが今年に入りノルウェーから、母の母国ブラジルに国籍を変えてワールドカップへ復帰することを発表。これも周囲を驚かせたが、今回の開幕戦が約1年半ぶりとなる復帰戦となった。
まる1シーズンをレースから離れたことで、スタート順も下がり、ゼルデンの開幕戦は41番スタート。しかし、こちらは大方の予想通り、まったく衰えのない滑りを見せて、1本目は元チームメイトのスティーン・オルセンから遅れること1.68秒差の19位と好位置につけた。そして2本目、自信のみなぎる完璧な滑りを見せ、全体トップのタイムを叩き出し、結果的に4位と本人にとっても十分満足なパーフェクトな復帰戦となった。自身のInstagramの投稿のタイトルは「I’M BACK HOME BABY💚(帰って来たよ、ベイビー)」だった。
結果だけでも注目に値するブラーテンだが、それ以上に、誰とも比べられない特別な存在感を放っている。今回も2本目のゴール直後にブラジルのサンバを彷彿させる踊りを見せたことで、会場はもちろんのこと、世界中のテレビ視聴者を楽しませてくれた。
(以下は自身によるInstagramの投稿)
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その後に滑り降りてくる多くの選手がブラーテンを上回ることができず、結果的にブラーテンを上回ってゴールした最初の選手が、1本目5位、元チームメイトで盟友のアトレ・リエ・マクグラスだった。マクグラスはフィニッシュ直後に、ゴールエリアから笑顔でブラーテンを指差し、ブラーテンも最高の笑顔でゴールエリアに飛び込み、マクグラスのナイスランを讃え、二人で固いハグをした。そのやり取りから、二人の絆と、それまで共に過ごしてきた時間や努力を垣間見ることができたのは、私だけではないはずだ。
ブラーテンは2本目にゴールしてから長い時間をリーダーボードの前でテレビ画面に写り出されたため、気づいた人も多かったと思うが、ヘッドスポンサーには「RedBull(レッドブル)」、そしてレーシングスーツが、ダウンジャケットなどで世界的な高級ブランドに成長した「Moncler(モンクレール)」だった。
今季より、モンクレールは実質ブラーテン1人のブラジルチームをサポートすることとなったが、いわばファッション業界のモンスター企業がアルペン市場へ参入したこと自体、大きなニュースバリューがあるといえる。そして、この新ブランドのアルペン市場参入は、ブラーテンがいなければ実現することはなかっただろう。
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ブラーテンは、自分自身をアスリート・アーティスト・パイオニアと表現する。実力はさることながら、ただのアスリートではない、アートな世界観とパイオニア精神を持ち合わせた独特の存在感で、他を圧倒している。今回のレース、若い女性が現地で観戦している映像が多く映り出された。そのうちの多くがブラーテンのファンであることも想像できるだろう。
スキー選手としてはもちろんのこと、人間としてどこまで成長し、周りを楽しませてくれるのか。雪上での活躍はもちろんのこと、それ以外でもインパクトを与えてくれそうなブラ―テンのこれからの動きは本当に興味深く、楽しみだ。なお、登録名のルーカス・ピンヘイロー・ブラーテンは、移籍した今季からの登録名。元はルーカス・ブラーテンで出場していたが、ブラジルへの移籍を機に母の旧姓であるピンヘイローを加えている。