黒崎博 監督が語る みんなの情熱が注ぎ込まれて生まれた幸せな作品 Netflixシリーズ『さよならのつづき』

プロポーズされたその日に恋人の雄介を事故で亡くしたさえ子。その後、何かに導かれるようにして出会った男性・成瀬は、雄介から心臓を提供されて命を救われ、さらに雄介の記憶も引き継いでいた。

北海道、ハワイの壮大な風景を舞台に、観るものを惹きつける圧巻の映像美の中で運命に翻弄されるふたりの美しくも切ない、“さよなら”から始まる珠玉の愛の物語が誕生した。さえ子には有村架純、成瀬に坂口健太郎、亡くなった恋人に生田斗真を迎え、NHK大河ドラマ「青天を衝け」などを手掛けた黒崎博が監督を務める。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、Netflixシリーズ「さよならのつづき」の黒崎博監督に、本作品への思いなどを伺いました。

他人の臓器を受け取るということのリアル

池ノ辺 作品が完成して、もう落ち着かれましたか。

黒崎 そうですね。ただ、配信日が近づいてきたので、今はザワザワしています。

池ノ辺 今回の作品は、心臓移植という重いテーマがあって、そこから、生きるとはどういうことか、人を好きになるとはどういうことか、そんなところまでを描いていると思いました。臓器移植によって、それ以前と感じ方が変わるというのは、単なるファンタジーではなく現実にあることを表現しているのだと思いますが、その辺りは監督はどう捉えていたんですか。

黒崎 かなりファンタジックな要素を含んだ物語だからこそ、できるだけリアリティーを持たせたいと思いました。大きな嘘はつくけど、小さな嘘はつきたくない。それはスタッフのみんなにも話をしたんです。そのために、取材もしています。心臓移植のことでいうと、実際に心臓を受け取ったレシピエント(移植を受ける人)の方たち何人か、さらに移植手術を数多く手掛けているエキスパートの医師の方たちにもお話を伺っています。

誰かの心臓をいただくということ、それは誰かの命をいただいて、2人分の人生を生きているようなもの。その責任感と共に生きてらっしゃるというところを、ご本人たちから生の言葉で聞かせていただいて、それはものすごく印象に残りました。それを忘れないでこの作品を撮っていこうと思いました。

池ノ辺 その方たちは手術を受けるにあたり、相当な戸惑いもあったんじゃないかと思うのですが。

黒崎 確かに、手術をしようと決断するまでに、いろんな葛藤があったとおっしゃっていました。

池ノ辺 それはどのような葛藤なんでしょうか。

黒崎 おっしゃっていたのは、臓器をいただくことに対しては、亡くなられた方の臓器をいただくので、そこへのブレはないと。医学として成立している世界で治療を受ける患者。ただ、移植を受けたいと申し込みをするときに、自分が「待って」しまうんじゃないか、そこに躊躇いがあったということです。つまり、臓器移植の手術は長いこと順番待ちをして受け取れるわけです。誰かに死が訪れて、そこにタイミングが合って自分の順番が回ってくる。その現実の中にあって、自分がどんな気持ちになるのか、最初はわからなかった。その方の場合は、奥さんが背中を押してくれたそうです。奥さんが、これは高度な医療だから。生前にはっきりと「ドナーになります」と意思表示をしていた方が不幸にも亡くなられた、その気持ちを引き継ぐのだからと。絶対大丈夫、あなたは生きるべきなんだと奥さんが背中を押してくれたことで、自分の気持ちが切り替わったとおっしゃった方がいました。

池ノ辺 そこまで悩みに悩んで、ということなんですね。結果として手術を受けて自分の中に他人の臓器が入るわけですが、その時はどんな感覚だったんでしょうね。

黒崎 手術が終わったあとは、自分でもびっくりするくらい元気になったそうです。本当に違和感もなく、自分の健康を取り戻せた、明快に変わったとおっしゃっていました。でもそこには、すごくポジティブな意味で2人分の人生を生きているという意識がどこかあって、だからここ、自分の中にいるいただいた命と常に対話しているような気持ちがするし、励ましてもらっているような気がするんだと、そんな話もしてくださいました。

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壮大なフィクションの中で、リアルをどう演じるか

池ノ辺 そうした、実際のレシピエントの方たちから受け取ったリアルな生の言葉を、今度は役者さんたちに伝えてくわけですよね。どんなふうに伝え、どんなふうに受け取られたんですか。

黒崎 もちろん、今お話ししたようなことも伝えました。それと同時に、こういう移植手術を受けて成功された方というのは、長い長い道のりを経てここに辿り着いたんだと。つまり今僕たちが話していたようなこと、倫理的な問題はどうなのかとか、さまざまな葛藤とか、誰かの命と一緒に生きていくことにフォーカスしてそういう話をするけれど、この作品で登場する成瀬という男は、昨日急に体調が悪くなって今日心臓移植を受けたわけではない。生まれた時からずっと体が不調で、そんな自分の体、自分の心臓とずっと向き合ってやってきて、30歳近くになってようやくタイミングが来て心臓移植という命のバトンタッチがあったわけです。たくさんのことを考え尽くして悩み尽くして、答えを自分なりに見つけてきた人だと思うんですね。だから、今、急に悩んでいるというような芝居は必要ないんじゃないかと、そう話しました。だから無理にそのことをドラマチックに演じる必要はないんじゃないかと。

池ノ辺 なるほど。

黒崎 僕たちフィクションを作る立場からすると、手術が行われて成功しましたという、そのモーメントはすごく大事なんだけれど、実際のレシピエントの方からすると、それはただの点で、そこからまた長い人生がある。命を受け取ったこれからこそ、一生懸命生きていこうとしている。だから前にも後ろにも長い人生が繋がっていて、手術とその成功は、その中ではただの一点に過ぎないわけですから、リアルに考えれば、そこだけを取り上げてことさらに「ドラマですよ」とやらなくていいんじゃないかという話をしました。

池ノ辺 それをわかっていても、演じる側としてはすごく難しいですよね。演じるにあたって、自分の気持ちと、いただいた心臓の持ち主だった人の気持ちとが、どんな割合で存在しているのか、その時のシチュエーションによって何パターンか撮影したと聞きましたが。

黒崎 そうですね。坂口(健太郎)さんが演じる成瀬は、キャラクターとしては心臓を移植したというだけじゃなくて、前の心臓の持ち主である雄介の記憶が乗り移っているという設定がありますから、演じる時に「これは何%くらい雄介が混じっていればいいのか、30%なのか35%なのか」、特に撮影が始まった頃は、そういう細かな調整をしました。そしていくつかのバージョンを撮って編集でチョイスするということをしたんです。ただ、半年以上にわたって撮影していたので、やっているうちに、そういう数字的な辻褄合わせは必要なくなってきました。長い時間成瀬を演じていた坂口さんが、役を自分の中に落とし込んでいってくれたので、そういう細かな設定は忘れて「成瀬は成瀬、それでいいんじゃないか」というところに落ち着きました。

池ノ辺 演じる役者も演出する監督も、大変だったんだろうなと想像します。

黒崎 確かに正解のない中での撮影で、手探りしながらでしたが、ただ、その手探りを一緒にやれたのはよかったです。

池ノ辺 先ほど、できるだけのリアリティーを、というお話でしたが、生田さんも坂口さんもピアノを練習して自分たちで弾いているとか。

黒崎 そうです。本人たちが徹底的に練習してくれて、結果、ワンカットも吹き替えは使っていなくて全部本人たちが弾いています。