古代ローマを舞台に、皇帝の後継者争いの陰謀に巻き込まれ、剣闘士(グラディエーター)として壮絶な戦いに身を投じる男の姿を描いたスペクタクルアクション『グラディエーター』。巨匠リドリー・スコットが監督し、アカデミー賞で作品賞や主演男優賞など5部門を受賞した同作の24年ぶりの続編となる『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』が11月15日から全国公開される。本作で主人公となるルシアス(ポール・メスカル)の母ルッシラを前作に続いて演じたコニー・ニールセンに話を聞いた。

-24年ぶりの続編でしたが、最初にこの映画のオファーがあった時と出演が決まった時の気持ちは?

 正直なところ、初めは、果たして見たくなるような物語なのか、作品自体にしっかりと伝えるべきものがあるのかと半信半疑でした。でも脚本を読んだら、物語の核の一つとしてルッシラと息子との関係性をきちんと描いているところにとても満足しました。自分が想像していなかったようなプロットや展開に驚き、魅力的な物語だと感じました。

-今回は、主人公ルシアスの母親役でしたが、その前に『ワンダーウーマン』でもヒーローの母親を演じています。そういう役を演じるのはどんな感じなのでしょうか。

 私には5人の子どもがいますから母親を演じるのはごく自然なことです。自分の人生にとって母親であることが最大の喜びです。ですから、その奥深い部分を探求する役を私が演じるのはとても理にかなっているし、妥当なことだと思います。

-今回のルッシラ役は、前作から引き継いだものでしたが、演じる上で何か心掛けたことはありましたか。

 キャラクターの倫理観や、何を背負って生きているのかをしっかりと持ち込んで演じることを心掛けました。ルッシラには、ローマ帝国に共和制を取り戻す、あるいは前にできなかったことを最後までやり遂げるという夢があります。この20年間は彼女にとっては暗黒の時代でした。ただ、今の無政府状態はカオスではあるけれど、その中から新たな政治的な仕組みが生まれることを彼女は信じています。

 演じる前にイギリス作家のトム・ホランドがローマ帝国の共和制の終焉(しゅうえん)について書いた本を読みました。共和制においてローマ人は何に失敗したのかが詳細に書かれていました。それではっきりと分かったのが、ローマの共和制の問題点というのはわれわれが生きている今の世界が直面している数々の問題と重なる部分が多いということです。リドリー・スコット監督もそのことを強く意識していたと思います。今回ルッシラを演じるに当たって、そうしたことが自分の準備にもとても影響しました。彼女はローマ帝国の80年間の繁栄の後の20年間にわたる崩壊を全て見てきた女性だということです。それが私が演じるに当たって意識したことです。

 もう一つ言えば、彼女自身も20年前に母親として大きな決断をしていますが、それによっていろいろなことが起きてしまいます。なので、運命に自分を委ねるしかなかった。ローマ人は運命にもてあそばれながら、いろんなことが起きるのだということです。

-前作と本作とを比べてみてリドリー・スコット監督に変化はありましたか。

 全てがものすごく早いテンポで進んでいきました。テクノロジーの進化によって、この24年の間に彼が思い描いたビジョンを完璧に再現していました。24年前は、カメラにも限界があったので、彼は自分のイメージを形にすることにすごく苦労していましたし、セッティングにもすごく時間がかかっていました。いろんな人たちが「これが面白い」「これはどうだ」と監督に言うわけです。だからセットチェンジをするのが大変でした。ところが、前は2時間かかったところが今は20分でできるようになりました。けれども、監督はみんなにとってお父さんのような存在なので、みんなが「ねえお父さん、聞いてよ」みたいに相談に行くところは変わっていませんが(笑)。

-息子役のポール・メスカルやデンゼル・ワシントン、ペドロ・パスカルら共演者の印象は?

 キャスティングを見たら「リドリーありがとう」という気持ちになりました。まるで買い物に行くような感じで、毎日わくわくしながらセットに入りました。こうした優れた人たちが集まると、演じるという行為から、精神的なものや意識、想像を解き放つエネルギーが生まれるんです。例えば、猫が2階の屋根から飛び降りるみたいな。見た目は猫のように落ち着いていますが、「アクション」と言われると、一気にエネルギーを解き放って、みんなで一緒に飛ぶみたいな感じでしょうか。

-この映画の魅力と続編の意味についてはどう考えていますか。

 この映画が、私がこれまでにやった続編ものと何が違うかというと、まず、24年の間があいたこと。とことん完璧さを追求できたこと。リドリー・スコット監督だから作り込み過ぎていないことが挙げられます。完璧に仕上げるのではなく、その中にちゃんと息遣いができる余白がある。現場に行っても脚本が進化し続けるんです。なので、例えば土台がしっかりとした家のここに羽を付けるとか、いろんなことができる自由さがありました。内装を変えることもできるし、ニュアンスを加えたりする余白もありました。監督によっては、俳優がいろいろなアイデアを出すことを歓迎する人もいます。でも、俳優が失敗したものは使わないという信頼関係も必要です。その点でもリドリーはちゃんとフィルターになってくれる人だと感じました。

-出身はデンマークで、ヨーロッパの映画とハリウッドの映画のどちらにも出ていますが、製作スタイルや印象は大きく違いますか。

 ヨーロッパには小さな製作会社がたくさんあります。それを国が支援して、金銭的な援助があることによって、利益を追求しながら映画を作る必要がないという土台があります。そうすると実験や探究ができる映画が作れます。すると、戦後のイタリアのネオリアリズム映画もそうですけれども、ヨーロッパ独自のものが生まれて、それがハリウッドに影響を与える。アメリカから影響を受けたヌーベルバーグがまたアメリカに影響を与えるというような構図ができます。世界中の何十億という人たちに見られることを意識したハリウッドの作品にも芸術性はあると思います。どちらが芸術的なのかとか、革新性や大衆性についても優劣はつけられないと思います。私は両方好きですし、これからもどちらにも出たいと思っています。

-日本の印象は?

 日本は大好きです。毎回来るたびに、本当に素晴らしい経験をしています。東京以外の所にもいつか行きたいと思っています。長く滞在して、日本の歴史や哲学や思想についてもっと知りたいと思います。

-最後に日本の観客に向けて、映画の見どころも含めて一言お願いします。

 皆さんは、スペクタクルを期待しているわけですよね。その点では、多分期待以上、想像以上のものを見たと感じて満足できるのではないかと思います。ここで具体的に言うよりも、まず映画館に入って、そこでいろいろなものを感じ取って、驚かされて、意外なところでショックを受けたり、感動する経験を期待してくださればいいかなと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)