日本で妊娠した外国人技能実習生たちが職を追われ、体よく母国に帰国させられている。あるいは帰国しないために女性が赤ちゃんを遺棄する事件が相次いでいる。なぜこんなにも酷いことが起きているのか。
書籍『妊娠したら、さようなら』より一部を抜粋・再構成し、あまりにも女性の権利を無視した雇用主の実態をレポートする。
好待遇だと思い込ませて
「私は妊娠していますが、体調に問題はありません。病気ではないので、これからも同じところで働きたいですし、産前産後休業を取ることを希望しています」
ガーさんはベトナムで出産したら、日本に戻ってきて働きたいと思っていた。そのため団体交渉の場では、特定技能1号の在留資格の更新、出産育児一時金の申請手続き、育児休業の申請手続き、妊婦健診における通訳などのサポートを希望していることもS社に伝えた。
事前に電話で、S社と団体交渉の日程などを打ち合わせした際、私が何も知らないだろうと踏んだのか、担当のA氏は一体何が不満なのかと言わんばかりに、次のような説明をした。
「ガーさんには休業補償が60%出ますし、ハローワークで手続きをすれば、それとは別に保険が支払われるんです。良い待遇だと思いますよ」
「ガーさんに、『妊娠は病気だから働けない』と言ったそうですね。それを聞いて私も驚いて、1人だけでなく複数の通訳の方に、ガーさんの説明を何度も訳してもらったんです。だけど、通訳が間違っているわけではないようでした。妊娠って病気なんですか?御社では、妊娠を病気として扱っているんですか?」
A氏は、何も言わなかった。
「産休・育休を許可するのは、我々の当然の義務ですよ。ガーさんは男女雇用機会均等法で守られていますから」
団体交渉に出席したS社の副社長(男性)は、この交渉に至るまでのやり取りなどなかったかのように言った。
「そうですよね」
A氏も隣で相槌を打っている。
妊娠を病気とみなし、自主退職に追い込もうとしていたことは、「まったくの誤解である」とS社は主張した。私は憤りを通り越して呆れてしまったが、ガーさんの希望が通るのであれば、これ以上、事を荒立ててもしかたがない。
そもそも非自発的離職者を出してしまったら、この先、特定技能外国人の受け入れができなくなってしまうのだ。S社の手のひらを返した反応は、ある意味、想定内ではあった。
おかげで、こんな力強い言葉までもらった。
「ガーさんは、仕事ぶりもとても真面目だと聞いておりますので、出産後は復職してもらいたいと思っています。できるだけ、我々を頼ってください」
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対応のマニュアルがない
ガーさんはトマト農家での職を辞することなく働き続け、2023年6月にはベトナムで元気な赤ちゃんを産んだ。
出産のために一時帰国する際、気をつけるべきことがひとつあった。在留資格の更新をどのようにするか、という点だ。ガーさんが所持している特定技能は、2019年4月から導入された新しい在留資格だ。技能実習と同様に、原則として毎年更新する必要があるため、在留期間が満了する前に更新手続きをしてからベトナムに帰国しないと、日本に再入国するタイミングで切れてしまっている恐れがある。
しかし、ガーさんのように農業分野で働く人たちは、繁忙期となる現場を比較的短い期間で転々とする就労スタイルが基本であるため、数カ月先の就労先が定かではない。これに対して入管(地方出入国在留管理官署)が、就労先の決まっていない状態で、就労ビザの一種であるこの在留資格の更新を許可することは難しい……そんな落とし穴があったのだ。
ガーさんも例外ではなく、再び日本に戻ってきたら、今とは別のところで働くことになるのは、ほぼ確実だ。だが、その場所が未定であっても、給料の支払いなどを行うガーさんの雇用主は、派遣をしているS社ということになる。
そこに着目した私たちは、S社がガーさんの再入国時に新たな就労先、要は派遣先を確保することを入管に約束すれば、更新手続きが許可されるのではないかと考えた。そして、S社を通して入管に確認すると、更新は可能だということになり、ガーさんは在留資格を更新してから一時帰国できることになった。
特定技能制度は創設されてから日が浅いうえ、その間、実質的に国境が閉じてしまった長いコロナ禍にも晒された。S社のような派遣会社も、特定技能外国人を雇用する企業の支援を行う登録支援機関も、受け入れ企業も、おそらく入管も、ガーさんのような外国人労働者が妊娠し、出産後の復職を望んでいるという前例が少なかったため、対応のマニュアルがないのだ。