なぜ、技能実習生の赤ちゃん遺棄事件は続くのか。令和のいま、働く日本人の女性が妊娠をきっかけに雇用主から退職させられたとしたら、その企業は批判に晒されるだけでは済まないだろう。だが日本で就労する技能実習生たちは、当たり前のように妊娠を理由に退職させられているという。
書籍『妊娠したら、さようなら』より一部を抜粋・再構成し、妊娠をきっかけに帰国させられそうになったベトナム人女性・ガーさんのケースを紹介する。
大手人材派遣会社の“親身”な対応
「病気なので、これ以上、仕事はできませんね」
妊娠していることを派遣元のA氏(男性)に告げると、こともなげにこう言われて、グエン・ティ・ガーさん(当時38歳)は愕然とした。
妊娠は病気なのだろうか。
いや、日本では妊娠が病気扱いされるのだろうか……。
SNS経由で、ガーさんから日越ともいき支援会に相談があったのは、2023年1月中旬のこと。そのとき彼女は、愛知県のトマト農家で働いていた。
技能実習生として日本にやってきたのは、2019年。青森県の縫製会社で働いていた1年目、受け入れ先が労働基準法違反で摘発される。詳しくはわからないが、おそらく残業代未払いや過重労働、あるいは不法就労の類だろう。それによって実習生の受け入れが停止になってしまったため、2年目からは山梨県の縫製会社に転籍している。
やがて、新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。その影響で、帰国が困難になったり、受け入れ先の経営悪化により継続して働くことが難しくなったり、次の段階の在留資格に移行するために必要な試験を受けられなかったりする実習生に対して、政府は特例で雇用維持支援の「特定活動」と呼ばれる在留資格を与えた。
ガーさんも縫製の技能実習を3年間で修了したのち、コロナ禍で帰宅困難となったため、雇用維持支援の特定活動を利用して異業種の農業で1年間働き、その後、特定技能1号の在留資格を取得している。
技能実習制度には、通常、受け入れ先と実習生をつなぐ役割として監理団体が存在する。対して特定技能制度の場合は、同じような役割の登録支援機関という組織がある。さらに、特定技能の対象業種である農業と漁業は少々特殊で、「派遣」が認められている。
どちらの業種も、年間を通して繁忙期と閑散期が明確にあるため、労働者はその都度、繁忙期の現場に派遣される形で、安定して仕事が得られるよう配慮されているのだ。
そのため、特定技能の外国人として農業分野で働くガーさんの雇用全般に関する窓口は、人材派遣会社Sとなっていた。外国人だけではなく、日本人も登録されている、大手の派遣会社だ。
ガーさんが私たちにコンタクトを取ってきた時点で、S社はすでにガーさんの妊娠を受け入れ先の農家に伝えていて、わずか6日後に契約終了となることが一方的に決められていた。
「私は出産経験がありますし、体調も問題なく、妊娠中も出産後も今まで通り働くことができます。それなのに、どうしてこの仕事を辞めなければいけないのでしょうか?」
ガーさんは焦っていた。そして困惑しながら、私たちに尋ねた。しかもよくよく話を聞くと、S社は契約終了と同時に住むところもなくなってしまうガーさんを、子どもの父親がいる山梨県へ半ば強制的に行かせようとしていた。
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「私は山梨に行きたくありません」
子どもの父親は、通称〝技人国〞の在留資格を持つベトナム人だった。正式には「技術・人文知識・国際業務」という在留資格で、たとえば通訳やシステムエンジニアなど専門的技術や知識を必要とする、主にホワイトカラー職に従事する外国人のための、就労ビザの一種だ。
いわゆるエリート視されるビザであり、技能実習や特定技能と比べて取得の難易度が高い。それゆえに、在日ベトナム人の間に存在する、ある種のヒエラルキーの上位に位置する。
その男性は、ベトナムに妻子がいたらしい。ガーさんもすでに2人の子どもを持つシングルマザーで、ベトナムの家族が子どもたちの面倒をみている。
「将来、その人の奥さんや子どもが日本に来て、一緒に暮らすと言っていました。だからこれ以上、関わりを持たなくていいんです……」
ガーさんは言葉を濁した。仮に日本で出産するのであれば、病院や行政などの手続き上、「子どもの父親が誰か」というのは大事になってくる。日本国籍を持つ人が父親である場合、その子どもも条件を満たせば日本国籍を取得することもできる。
一方、両親とも外国人である場合は日本国籍を取得できないし、両親の在留資格によって子どもが在留資格を取得できるかどうかも変わってくる。
しかしガーさんは、ベトナムでの出産を希望していたので、そこに関しては私たちが説得すべきことではないと判断した。
「授かった命は、宝です。私のお姉さんには子どもがいないので、お姉さんに引き取ってもらいたいと思っています」
そう言ってガーさんは、優しい笑みを浮かべた。
ちなみにS社からは、今の仕事の契約が終了しても、2カ月間は休業補償として基本給の60%が支払われ、3カ月後からは失業保険を受けられるから心配することはない、という趣旨の説明を受けていた。
一見、ガーさんのことを考えた、親身な対応のようにも思える。しかし、継続して働きたいという本人の意思を無視して、自己都合による退職として処理しようとしている疑いがあった。