団体交渉で間違いをただす
外国人労働者と雇用主の間で、賃金未払いや不当解雇などのトラブルは絶えないどころか、新型コロナウイルスの感染拡大とともに、増加の一途をたどっていた。
技能実習や特定技能の在留資格を持つベトナム人から、私たちのもとに相談やSOSが連日届くことからも、それは察せられた。
もはや彼らがいないと、日本の経済や社会は回らないといっても過言ではないのに、置かれている立場は弱く、吹けば飛ぶような存在であることを物語っていた。
こうした状況を少しでも改善すべく、日越ともいき支援会が全面協力する形で、2022年12月には労働組合「連合ユニオン東京・ともいきユニオン」が結成されている。
このユニオンは合同労組で、社内にある労働組合ではなく、誰でも個人で加入できるのが特徴だ。中小企業に雇用されるケースの多いベトナム人労働者の、セーフティーネットになってほしいという思いがあった。
とりわけ妊娠案件に関しては、支援をする私たちとしてもかねてからユニオンの必要性を感じていた。たとえば今回のように、ベトナム人からのSOSで問題が発覚して、私が受け入れ企業や監理団体に処遇の改善を求めて、話し合いに行ったとする。
そんなとき、〝NPOの者〞という肩書きだけでできることの限界も、痛感していたのだ。というのも、話し合いの席で「わかりました、善処します」などと前向きに受け入れてもらえて安心していたら、いつの間にか強制帰国させられていたことが、一度や二度ではなく起こっていたからだ。
悔しいけれども、何の権限も持たない単なるボランティアによる意見など、彼らは大して気にも留めていなかった。〝支援者からの要望〞に応えてくれないのだったら、より効き目のある要求手段に変えなければいけない。それがユニオンの結成だった。
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団体交渉とは
「ともいきユニオンの吉水です」
実際、こう名乗ることで、企業や監理団体の対応は明らかに変わった。
私たちはガーさんから最初のメッセージをもらった2日後に、愛知県にいる彼女のところへ出向いて、置かれている状況について改めて話を聞いた。そして退職予定日が迫っていることからも、急を要する案件だと判断。
ガーさんはその日のうちに、連合ユニオン東京・ともいきユニオンに加入し、翌日付でS社に対して団体交渉を申し入れた。同時に、山梨県への不本意な引っ越しについても、キャンセルを要求した。
団体交渉とは、人によっては聞き慣れない言葉かもしれないが、労働者の集団や労働組合が、使用者側と労働条件や待遇などについて話し合いの場を持つことだ。団体交渉を申し込まれた使用者は、正当な理由なくしてそれを拒否することは認められず、もし拒否した場合は罰則を受ける可能性がある。
仮に団体交渉を拒否されたり、団体交渉を行ったものの労働者の希望が叶わなかったりしたとしても、団体交渉の申し入れや実施の履歴が残ることは、ほかの支援に切り替える場合にも何かと有利に働くのだ。
S社との団体交渉は、1月末にオンラインで行われた。当初告げられた退職日はすでに過ぎていたが、団体交渉を申し込んだ時点で退職は保留となっていた。そのため、ガーさんは上京する直前まで受け入れ先の農家で今まで通り、トマトの葉っぱ切りや収穫を行っていた。
農作業で屋外にいる時間が長く、常に日差しを浴びているせいか、ガーさんの頰はいつも真っ赤に染まっていた。ベトナムの農村部で見かける、よく働いて、たくましく、しっかり者のお母さんといった雰囲気。
家族と離れて暮らす異国の地で、お腹に赤ちゃんがいるのに、頼れる身内もおらず、自分の処遇が宙ぶらりんな状態で働き続けるのは、一体どんな気持ちなのだろう。じっとしているほうが不安だから、体を動かしているのかもしれない。
あるいは最悪、仕事を辞めさせられるのであれば、1日でも一時間でも多く働いて稼ぎたいということなのか。
異国の地で病気になると、妙に心細さを感じるものだが、間違っていけないのは、妊娠は病気ではないということ。その間違いをただすために、団体交渉に臨むのだ。