10月24日に行なわれたプロ野球ドラフト会議。ドラフト候補と呼ばれる才能ある多くの若者が、自らの名前が呼ばれるその瞬間をただひたすらに待ち望んでいた。
【画像】12球団のドラフト1位が交渉権確定!指名された選手たちの顔ぶれ
今年からファームリーグに参入した新球団くふうハヤテベンチャーズ静岡のドラフト候補、早川太貴(24)も、そんな若者のうちのひとりだった。 事前に届いたNPB12球団からの調査書は阪神からの1枚のみ。ドラフト中継を映し出すモニター画面が「選択終了」の文字をとらえるたびに、その胸は締め付けられた。
「もう呼ばれないかも…」
諦めかけていたその時、阪神から育成3位の指名を受けた。
「自分の名前が画面に出て、鳥肌が立ったというか頭が真っ白になって…。どういう感じだったか覚えてないです」
140キロ後半を初めて出したのは小樽商科大4年のときだった。そこで初めてNPBを意識し始めたという遅咲きの右腕が、夢への扉を開いた瞬間だった。
1年前は北海道の市役所に勤務する公務員だった。その傍らでクラブチームのウイン北広島に所属し、朝4時半から練習するというストイックな生活を送った。ストレートの最速が150キロを記録するようになり、テレビのドラフト特番にその存在が取り上げられることとなった。
気にかけてくれたスカウトもいたというが、実際にはNPB12球団からの調査書はゼロ。去年は早川の元に吉報は届かなかった。
上のレベルで勝負がしてみたい――。
去年のドラフトが終わったとき、NPBへの思いはさらに強くなっていた。そのとき、彼の目に留まったのが、NPBのファームリーグ参入のため新たに創設されることが正式に発表されたばかりの新球団『ハヤテ223(現くふうハヤテベンチャーズ静岡)』のトライアウトだった。
NPBの2軍を相手に1年間戦い、自分の力を直接アピールする。今までにはなかったドラフト指名の道だが、これまでの実績がほとんどない早川にとっては大きな魅力だった。
「1年目の新球団いうことでもちろん不安はありましたが、プロ(NPB12球団)を目指してできる一番いい環境だと思いました」
反対する両親を説得し、公務員という安定した生活を捨てて、勝負の世界に飛び込んだ。
「このチームに入れたことが、(ドラフト指名を受ける上で)僕にとって一番のターニングポイントだったなって思います」
自らのターニングポイントとなったこの1年、どんな歩みでドラフト指名までたどり着いたのか。
力強いストレートだけでなく、変化球の制球も安定していたことから、首脳陣は早い段階からチームの中心投手という考えを持っていた。
迎えた3月15日のウエスタンリーグ開幕戦、オリックスをホームに迎える記念すべき一戦の開幕投手に指名されたが、そこでいきなりプロの洗礼を受けることとなった。
「自分の中で一番何もできなかった試合でした」
ファームとはいえ相手は既にNPBドラフト指名を受けた選手たちだ。際どいコースを見極められ、ボール先行の苦しいピッチングとなり、自慢のストレートもはじき返された。4回までに被安打10、与四球5の大乱調で7失点。NPBのレベルを直に味わう結果に終わった。
「でも、この試合があったから悔しさをバネにして、このあとの投球につなげられたと思っています」
デビュー2戦目となった3月22日の阪神戦は、その悔しさをぶつけた試合になった。梅野隆太郎(33)や渡邉諒(29)、島田海吏(28)など一軍経験者が並んだ打線を相手に、前回とはうって変わって、ストライク先行の攻めるピッチングで7回を無失点。被安打3、与四球1の好投で自身とチームに初勝利をもたらした。
翌週の広島戦ではチーム初の完投勝利を挙げるなど、前半戦は先発ローテーションの軸として、NPBファームで戦える力を示し続けた。チームの代表として選ばれた7月のフレッシュオールスターでは、予定の1イニングを無失点に抑え、姫路ウイング球場に詰めかけた1万人を超えるファンを大いに沸かせている。
ドラフト指名へ向けて、先発として存分にアピールはできていた。しかし、この時期の投球内容にもの足りなさを感じていたのが、チームの投手陣を預かる中村勝投手コーチ(32)だった。
「先発をする中で、ピッチングはうまいけれども変化球で交わすような投球もあったんです。夏場を迎えて疲れなどもあったと思いますが、それだとドラフトを考えた時にはプラスにはならない。それなら1イニングで出力をしっかり出せるようになって、最終的にまた先発に戻るほうがいい経験になると考えていました」
NPBのファームリーグは独立リーグを含めた他のカテゴリーと比べても圧倒的に試合数が多い。誰もが初めて経験する連戦の中での疲労も手伝って、早川のストレートは平均球速が142、3キロまで落ちてしまっていた。
試合を作れるだけではドラフト指名には届かない。NPBでの起用法の幅を広げる意図もあったが、武器であるストレートの強さを取り戻す必要があると考え、後半戦からリリーフに挑戦することになった。
「元々、先発とリリーフどちらでも構わないとチームには話していました。開幕時に比べて、先発をやる投手陣が増えてきたこともあって、コーチとも話してリリーフもやってみようということになりました」
早川自身も納得した上でのことだった。正式に転向が決まってから、初のリリーフ登板は8月10日のオリックス戦、3点リードの9回裏と抑えればセーブがつく場面だった。
「技術的に変えたことはなかったんです。ただ、先発とは違ってリリーフの場合は初球からしっかり抑えにいかないといけないので、気持ちの作り方が全然違いました」
先頭打者にフォアボールを与えると、そこから4本のヒットを打たれて4失点。自らの投球で勝ちゲームを落としたことが、以降のリリーフ登板を苦しいものにしていった。
「先発のときには制球で困ったことはなかったんですけど、簡単に先頭打者にフォアボールを出してしまったりしていました。うまくいかなかったことで、徐々に不安な気持ちが大きくなって、それでまたうまくいかないという悪循環になっていました。すごく苦しかったですし、なかなか切り替えることができませんでした」
不慣れなリリーフで結果が出せない試合が続き、早川にとってはこの1年で一番苦しい時間となった。そんな中でも、辛抱強く課題と向き合えたのは、NPBへ行くという同じ思いを持ったチームメートの存在があったからだ。
「疲れていたり、結果が出なくて、自分が(練習で)気を抜いてしまいそうになったとき『みんなが頑張っているから負けていられない』という気持ちで練習することができました。チームメートでもありますけどライバルでもあるので、お互いに意識しあって、高めあいながら1年間やってこれたのは大きかったと思います」
中村コーチも、この時期の早川から感じるものがあったと振り返る。
「どんな時でも練習を続けられるというところは素晴らしいと思って見ていました。自分の信念がフラフラしてしまうような選手は伸び悩んでしまいがちですが、毎日目的意識をしっかり持って練習に取り組んでいましたし、そういうところも指名につながったと思います」
先発との違いに戸惑いながらも、リリーフに挑戦した約1か月間で徐々に適応していった。その結果、ストレートの平均球速は145キロまでアップし、最速が150キロに達する試合も増えていった。
「ボールの強さも先発の時より出ている感覚はありました。よかった時の安定感にプラスして、リリーフでの出力の出し方にも慣れていって、いい投球ができるようにしたいと思います」
自らの信念を貫く意志の強さと、高い目標に共に挑んだ仲間たちの存在。その2つが苦しみを乗り越える原動力となって、力強いストレートを取り戻し、ドラフト指名にもつながっていったのだ。
「もちろん苦しいときもありましたが、充実した1年になりました。この1年で成長はできたと思っていますが、まだまだ途中だと思っています。スカウトの方からも『まだ全然伸びしろは感じる』と言っていただいて、それがすごく嬉しかったです」
喜びと同時にチーム初のドラフト指名選手となった責任も強く感じている。
「僕が活躍できるかどうかで来年以降、このチームの選手たちへの評価も変わってくると思っています。本当に活躍してチームに恩返しができたらと思っていますし、育成指名をいただいたことに満足せずに、すぐに活躍できるような選手になりたいです」
ドラフト会議当日、共にこの日を目指していたチームメートの姿は静岡の会見場にはなかった。早川以外の選手にはNPB12球団からの調査書が届かなかったこともあり、宮崎のフェニックスリーグで最後の最後までアピールを続けていたからだ。後日、静岡に戻ってきた時、こんなやりとりがあったとのちに明かしてくれた。
「『次は自分がNPBに行きます』とか『早川に続けるように来年がんばるよ』とか、そういう言葉をいっぱいかけてもらいました。僕だけではなく、全選手がドラフト指名や、NPBへ復帰するという目標を持って、この1年間戦ってきた中で、みんな悔しい思いを持っていたと思います。それでも、そういうふうに言ってもらえたことが、自分にとっても刺激になりましたし、次に向けて頑張ろうってすごく思いました」
当面の目標は支配下登録を勝ち取ること。他のルーキーたちとは違い、ファームリーグで1年間を経験したことは大きなアドバンテージになるだろう。チームの将来と共に戦った仲間たちの思いを背負った青年が、来年どんな姿を見せてくれるのか。早川太貴の新たな挑戦が再び始まる。
取材・文●岩国誠
【著者プロフィール】
岩国誠(いわくにまこと):1973年3月26日生まれ。32歳でプロ野球を取り扱うスポーツ情報番組のADとしてテレビ業界入り。Webコンテンツ制作会社を経て、フリーランスに転身。それを機に、フリーライターとしての活動を始め、現在も映像ディレクターとwebライターの二刀流でNPBや独立リーグの取材を行っている。
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