バーチャル・シンガー「初音ミク」はどう生まれた?開発者に聞く

異例の約3万本ヒット

初音ミクがリリースされたのは2007年。

日本ではこの時期、ニコニコ動画やYouTubeが盛り上がりを見せていました。ニコニコ動画内では、人気アニメをアレンジした面白動画の投稿がトレンドに。ところが、そうした動画にも見飽き、「何か新しいおもちゃがネット上にないかな……」と暇を持て余すニコニコ動画ユーザーも一定数いたと言います。

「そこに初音ミクが現れたので、皆『これで遊ぼうよ』と集まってくれたんだと思います。そこからは一気に、オリジナリティの強い作品が増えていきました」

初音ミクのソフトは、「年間1,000本売れれば大ヒット」と言われる市場で、リリース後1週間で1,000本を突破、半年で約3万本という、異例の爆発的ヒットとなったのです。

それだけではありません。約3万本はあくまでも、初音ミクのソフトが購入された数。佐々木さん曰く、個人のクリエイターによる初音ミクを使った作品が瞬く間に増え、初音ミクをネタにした動画やイラストが、『ニコニコ動画』や『YouTube』、『Pixiv』、『piapro』といった無料投稿サイトに掲載されたことで広まっていきました。2023年の今、初音ミクを含めて、クリプトンの手がけた歌声合成ソフトウェアの売上数は累計約28万本に上ります。

「あの時の気持ちをたとえると、ジャングルジムをつくった遊具の会社が、ワーッと喜んで遊ぶ子どもたちを『つくって良かったな』と感慨深く眺めているような……ちょっと遠くから眺めるような気持ちでしたね」

通常、オリジナルキャラクターの二次創作は著作権法で禁止されています。しかし初音ミクは「営利を目的としない、公序良俗に反しないなどのルールを守れば、誰でも自由に使える」という規約をクリプトン・フューチャー・メディアがつくり、二次創作を認めています。

想像を超えるヒットに、社内は混乱状態。佐々木さん曰く、ブームの中心は札幌ではなく東京だったため、さまざまなメディア系企業や個人のクリエイターからの、これまでにない量の問い合わせに忙殺されました。依頼の規模も、新サービス展開からグッズ制作まで大小さまざまで、佐々木さんは「取引ルールもマナーも分からないなかで息つく暇もなかった」と思い返します。

「一気に話題になったので、やっぱりネット掲示板で何言われているかな? って気になるし、見ちゃうじゃないですか。それを見て喜ばしいことも多かったですが、落ち込むことも度々ありました。たとえば『誰々の作風を誰々がパクった』とか、『誰々の曲が誰々の曲に似ている』とか。ニンテンドーDSからコメントする小学生までいて、コメントの多様化も感じていました」


ロサンゼルスの「Anime Expo 2011」会場で、佐々木さんが講演を行った時の様子

2011年7月、ロサンゼルスで行われた北米最大級のアニメイベント「Anime Expo 2011」には、現地のコスプレイヤーが続出。佐々木さんもその場を訪れ、予想を上まわる熱狂ぶりに心底驚いたと言います。

「初音ミクブームは当初、ニコニコ動画が中心だと思っていたんですが、実際にはYouTubeにも動画がたくさん上がっていて、それを海外の人も観てくれていたようで。現地の方が、男女関係なくコスプレをして楽しそうにしているのを見て、『新感覚だ』『アメリカにもこんなオタクカルチャーがあるんだ』と新鮮な気持ちになりました」

ここで感じるのは、佐々木さんは初音ミクヒット後16年間、なぜ独立・移籍しなかったのか?ということです。独立して佐々木さんの名前で新たなボーカロイドを開発すれば、その収入は佐々木さん自身のものになります。また、開発者として著名になった今、東京や海外の企業から声が掛かることも稀ではないでしょう。

「皆さんの熱量のお陰で、ぼくも仕事でも大好きな音楽をたくさん聴けるようになった。ミュージックビデオなどのアートもたくさん見ることができた。開発者というより『音楽オタク』としてミクやクリエイターのみなさんを見て、関わらせてもらっているんですよね。これは、お金に換算できることではありません。

初音ミクの動画の中には何千万人が観てくださっているものもあるんですけど、『何千万人も観ているのかぁ……』と、どこか不思議な気持ちです。だって、彼女本人は実在しないわけで、みんなが空想や想像の世界で初音ミクを認識しているんだと思うと、すごく面白いなって」

初音ミクのヒットによって、佐々木さんを取り巻く環境は大きく変わりました。それでも、彼自身は今も昔も「音楽オタク」のまま。皆が好きに音楽をつくる状態が、ずっと続くといい——佐々木さんはそう願っています。

(文・写真:原 由希奈 画像提供:クリプトン・フューチャー・メディア株式会社)

※「VOCALOID(ボーカロイド)」および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です