遺伝子治療で「視力」を100倍改善させることに成功 / Credit:Canva . 川勝康弘

遺伝子疾患も治る時代になってきました。

アメリカのペンシルベニア大学(Penn)で行われた研究によって、遺伝子治療によって遺伝性の網膜疾患を治療し、視力を100倍改善させることに成功しました。

対象となるレーベル先天性黒内障は幼児期に失明を引き起こす先天性の疾患であり、見た目には眼球に異常がないのに、目が見えなくなってしまう病気として知られています。

遺伝子疾患ということでこれまで決定的な治療法がありませんでしたが、新たな研究では患者の網膜の遺伝子を書き換えることで、視力の大幅な改善に成功しており、薬の最大量を投与したケースでは1万倍の視力回復も確認できました。

研究者たちは細胞核の内部に収められた遺伝子をどうやって書き換えたのでしょうか?

研究内容の詳細は5大医学雑誌の1つとして知られる『The Lancet』にて発表されました。

目次

先天性疾患は治る時代になりつつある正常な遺伝子をウイルスに詰めて網膜にお届けする

先天性疾患は治る時代になりつつある

遺伝子治療とは、病気や障害の原因となる遺伝子の異常を修正するために、患者の体に新しい遺伝子を導入し、その遺伝子を通じて治療を行う技術です。

具体的には、遺伝子の異常によって引き起こされる病気や疾患を修正するために、欠損している遺伝子を補ったり、誤った遺伝子を修正したりします。

遺伝子治療が注目を集める理由は、そのアプローチが病気の根治につながる可能性があるからです。

従来の薬物療法や手術では、病気の症状を一時的に抑えたり、悪化を防ぐことが目的でしたが、遺伝子治療は病気の根本的な原因にアプローチし、文字通り患者の遺伝子レベルでの治療を目指します。


先天性疾患は治る時代になりつつある / Credit:Canva . 川勝康弘

新たな研究では、幼児期に失明をもたらすレーベル先天性黒内障に対しての遺伝子治療の臨床試験(フェーズ1および2)が試みられました。

レーベル先天性黒内障(Leber’s Congenital Amaurosis, LCA)は、網膜の光を感じる細胞(視細胞)の機能不全や変性が原因であり、光を視覚信号に変換する過程に障害が生じます。

またこれまでの研究により20以上の遺伝子がレーベル先天性黒内障に関わる原因遺伝子として特定されています。

その中でも代表的なレーベル先天性黒内障 1 (LCA1) はGUCY2Dと呼ばれる遺伝子に起こる変異であり、この遺伝子に問題が起こると、視細胞が光を感知する能力が低下してしまいます。

そこで今回、ペンシルバニア大学の研究者たちは、患者のGUCY2D遺伝子を書き換える遺伝子治療試験を行うことにしました。

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正常な遺伝子をウイルスに詰めて網膜にお届けする


Credit:Canva . 川勝康弘

試験にあたっては健康な人から抽出した正常なGUCY2D遺伝子をアデノ随伴ウイルス(AAV5)に組み込み、このウイルスを含む薬「ATSN-101」を網膜下に注射し、ウイルス感染を起こします。

使用されたアデノ随伴ウイルスは自身の持つ遺伝子を人間の遺伝子に送り込む機能を持っており、感染によって正常なGUCY2Dを患者の網膜細胞に届けることが可能になります。

正常な遺伝子が届けば、視細胞で不足していた酵素が生産されるようになり、光を感知する能力も回復する可能性があります。

研究では3人の小児を含む15人が参加しており、様々な容量のATSN-101が投与されました。

また患者たちは薬の投与後、回復レベルを調べるために、さまざまな明るさに設定された簡単な経路を進むテストが行われました。

患者の重症度には個人差があったものの、治療前では患者の多くが経路を進むのに困難を感じていました。

しかし治療を開始してから1カ月で症状に改善がみられ、一部の患者では視力が100倍改善し、最大投与量を与えられた9人中2人では1万倍の視力の改善がみられました。

(注意:元の視力が低いほど改善した時の倍率が高くなります。例:0.01➔0.8で80倍)。正常な視力を持つ人に投与しても、視力が100倍になるわけではありません)

このような劇的な改善は、プラセボ効果で説明できるものではありません。

試験はフェーズ1および2の段階ですが、この時点で大きな治療効果が出ていると言えるでしょう。

また症状が改善した患者のなかには、数十年以わたりほぼ失明にあった人も含まれていました。

幼児のとき以来、家族や兄弟の顔を久しぶりにみた感想はどんなものだったのでしょうか?

一方で心強いことに、重篤な副作用は確認できませんでした。

研究者たちはこれまでの研究成果を総合すれば、遺伝性網膜疾患による乳児失明の20%に遺伝子治療が実行できると述べています。

「遺伝子を書き換えて病気を治す」という治療法は、半世紀前まではSFの話に過ぎませんでした。

もしかしたら近い未来、遺伝子疾患であっても、簡単に治せる時代がやってくるかもしれません。

参考文献

100x Improvement in Sight Seen After Gene Therapy Trial
https://www.pennmedicine.org/news/news-releases/2024/september/improvement-in-sight-seen-after-gene-therapy-trial

元論文

Safety and efficacy of ATSN-101 in patients with Leber congenital amaurosis caused by biallelic mutations in GUCY2D: a phase 1/2, multicentre, open-label, unilateral dose escalation study
https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01447-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部