演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『桜の園』をピックアップ。
笑えるチェーホフ!? 約5年越しの開幕!
新型コロナが、重症化リスクの高い2類から季節性インフルエンザと同等の5類に変更されてはや1年8カ月。ウイルスが消えたわけではないけれど、世の中的にはすっかり平常に戻った感があり、舞台芸術業界でも、出演者の感染により公演が中止になるケースは激減している。遡ると、3年前までは政府から緊急事態宣言が発表されると、感染者が出ていなくても公演中止を余儀なくされるケースが多発していたもので、公演初日直前に中止が決まり、完成しているのに観客の目に触れないまま終わる、という舞台作品も複数あった。思い出すだけでも、哀しすぎて寒けに襲われてしまう。このケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)上演台本・演出によるチェーホフの『桜の園』も、その悪夢を経験した作品のひとつだった。それだけに、5年近い歳月を経て、ついに上演がかなうのは殊のほかめでたい。豪華俳優陣による群像劇ゆえ、顔ぶれは数人替わっているものの、そこはかとなく、というか絶妙に、「そう来るか!」という意外性も含めて、今回のほうがおもしろくなりそうなキャスティングなのもうれしい。
なにせチェーホフは、日本ではなにげに深刻そうなお芝居に見えてしまうことが多く、人間の滑稽さと、それを愛おしむ視線が伝わりにくいと、ずーっと以前から問題視されてきた。『桜の園』は、19世紀末から20世紀初頭にかけての貴族階級の没落と庶民による新興勢力の台頭というロシアの社会状況を背景に、貴族とはいえジリ貧のラネーフスカヤ夫人が、愛人に貢ぎ疲れてパリからロシアに戻るも、さくらんぼの果樹園を含む領地を維持する経済力も気力も持たないため、農奴出身のロパーヒンに買い取られ、一族離散してしまうのが主筋。が、彼女の娘や養女や兄などの貴族勢と、使用人や地元住民の庶民勢など、十数人におよぶ老若男女の登場人物が、ことごとくユニークな個性を持ち、自己を主張し行動するおかしみが描かれなければ、戯曲の真意は伝わらない。助言も受け入れずなかば自業自得で落ちぶれてゆく痛さ、思う人に思いが伝わらない切なさ、思考に行動が伴わない情けなさ。いずれもリアルすぎて、思わず笑ってしまう。そういうチェーホフが見たいのだ。
そんな、神妙になりがちな新劇系ではなかなか果たせないコメディとしてのチェーホフを託され、KERAが登場した。これまで『かもめ』『三人姉妹』『ワーニャ伯父さん』で実績を積み、最終章となるのがこの『桜の園』。4年分の思いを重ねて、ドッカンドッカン笑わせてほしい。
シス・カンパニー公演
KERA meets CHEKHOV Vol.4/4
『桜の園』
作=アントン・チェーホフ 上演台本・演出=ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演=天海祐希、井上芳雄、大原櫻子、荒川良々、池谷のぶえ、峯村リエ、藤田秀世、山中 崇、鈴木浩介、緒川たまき、山崎 一、浅野和之 他
12月8日(日)~27日(金) 世田谷パブリックシアター ※大阪、福岡公演あり
(問)シス・カンパニー TEL:03-5423-5906