大手商社がTVアニメの企画に出資する、大手エンタメ企業が小中規模の制作会社を子会社化する、制作会社どうしが合併するなどのケースが近年増えています。その背景には、急速な市場の変化がありました。



放送中のTVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』には、伊藤忠が出資している。画像は、同作キービジュアル (C)魚豊/小学館/チ。 ー地球の運動についてー製作委員会

【画像】惜しい…! これが「大人の事情」で制作中止となった幻のアニメ作品です (6枚)

「人手不足」の解消が目的?

 近年、アニメの制作を巡る動きは何かと騒がしくなっています。現在HNKで放送中の『チ。―地球の運動について― アニメ』は、大手商社の伊藤忠が出資し話題を呼びました。ほかにも、大手エンタメ企業が小中規模の制作会社を子会社化する、あるいは制作会社どうしの合併といった動きも加速しています。この業界で何が起こっているのでしょうか?

 わかりやすくひとことで言ってしまえば、「規模の拡大」への対応です。

 近年、アニメの制作本数は年300本を超えるのが常態化しつつあり、激しいクリエイターの奪い合いが行われています。2026年の6月には『ウマ娘 プリティーダービー』で知られるサイバーエージェントが『刀剣乱舞』を手がけたニトロプラスを買収し、KADOKAWAが『【推しの子】』1期を手掛けた動画工房を子会社化するなど、合従連衡(がっしょうれんこう)の動きは加速するばかりです。

 特にKADOKAWAは24年から28年の中期経営契約で、現在年間5本制作しているアニメ作品を「年間20本」に増やすと示唆しています。さらなる人員の増強も、計画的に動いている可能性が高いでしょう。



KADOKAWAは『【推しの子】』1期を手掛けた動画工房を子会社化した。画像は『【推しの子】「ファーストステージ編」』キービジュアル (C)赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

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クリエイター中心の中小企業には「弱点」も

 アニメ業界には数多くの中小企業が存在しています。大手の会社に所属すると、やりたいことがやれなくなる……といった理由から、仲間を募って独立するのは珍しいことではありません。

 しかしこれらの会社は、実際に作品を作り上げるクリエイターが中心となってしまうことが多く、会社を存続するために必要な財務や法務などを担当する人材を欠くケースが多いです。マネジメントを行う人材までもが不足し、結果として大手の言いなりになるほかなく、「薄利多売」でアニメを作り続けた末に倒産した事例も数多く発生しました。

 小さい会社では動かせる人材と資金に限界があります。またトラブルを起こした場合のリカバリー能力も低いという弱点があります。合併や子会社化には、「必要とされる人材を共有できる」という利点があります。強固な組織という基盤の上で安定したマネジメントが行われ、現場はアニメ制作に打ち込んで力を発揮できる……こうしたメリットは見逃せません。

 また、系列会社が存在する場合、強力な経営者やマネージャの判断があれば、状況に合わせて必要な人材を送り込むことも可能です。「あの作品で人が足りない」「なら、いま劇場化を進めている作品を止めて、人を回そう」「それでも足りないなら、教育中の新人も追加だ」。これは、ある作品の現場で本当に起きた出来事です。

 広く日本企業全般を見渡すと、長年ハードウェアへの信仰が強かったせいもあって、デジタル関係ではマイクロソフトやApple、Adobeといった会社に利益を大幅に吸い上げられる状況(いわゆる「デジタル赤字」)が続いていました。そのような状況で、成長のチャンスが見出せる数少ない産業が「アニメ」であり、すでに海外での売り上げを増加させていいます。少子化でモノが売れなくなる未来を見据えた商社が、アニメ産業に目をつけるのは時間の問題だったといえるでしょう。

 従来、アニメの制作スタッフは薄給にあえぐ……という見られ方をしていました。Netflixをはじめとする海外勢は非常に高い報酬を提示してクリエイターなどを起用しています。しかし、アニメは集団作業で制作されるため、ポジションによっては貧窮するといった状況がまだ続いています。今後は、現場のクリエイターにいかに利益を還元していくのかが重要になります。

 かつて、困窮したアニメクリエイターが現場を離れるということはしばしばありましたが、今後のアニメ業界、ひいては日本の産業にとって、そうした事態はより重大な損失となるでしょう。待遇面の改善はますます必要になると筆者は考えます。