画像はAIで生成したイメージ

病人はわがままになりがちだというが、看護師に無理難題を要求するモンスター患者は少なくない。

ましてそれが「特別室」に入院するようなセレブであれば、なおさらかも知れない。

「私が初めて特別室を担当した時の患者さんがまさにそうでした」

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そう話すのは看護師歴4年目の大谷穂香さん(仮名・27歳)。当該患者は同世代の独身男性だったそうだが、母親に付き添われて入院。診察や看護師の説明にも母親が同席し、本人に代わってあれこれ質問するという過保護ぶりだったという。

「患者のAさんは誰もが知っている一流企業のサラリーマン。いかにも頭が良さそうな感じで、真面目で穏やかな人という印象。家柄も良さそうだし、ひとり息子らしいし、きっとお母さんが過保護で子離れできないのだろうな、とその時は思っていました」

病棟は完全看護であり、家族などの付き添いは不要。

「Aさんのお母さんはナースステーションに『何かとご面倒をおかけすると思いますが、くれぐれも息子をよろしくお願いします』とあいさつに来たのですが『小児病棟じゃあるまいし、30近い息子のことをそうやってお願いする?』と不思議で仕方なかったです」

その謎が解けたのは消灯後のことだった。Aさんからナースコールが入ったため穂香さんが病室に向かうと、Aさんは半べそ状態ですがるような目を穂香さんに向け「誰か添い寝してください。僕ひとりじゃ眠れないんです」と訴えてきたという。

「『はあぁ?』と思いました。でも冗談を言っているようには見えない。聞けば、自宅以外の場所に単独で外泊するのは初めてらしく、不安で仕方ないのだそうです。今思えばなんできっぱり断らなかったのかな?という感じですが『僕が眠るまででいいので』と言われて『あ、はい』という感じでなぜか従っちゃったんですよね」

「特別室だから、特別でいいんじゃない?」

もともと「弱っている人を見ると放っておけない性格」だということもあるのだろう。

穂香さんはAさんと向き合うような形でベッドの端に身体を滑り込ませると、赤ん坊を寝かしつけるかのように掛布団越しにAさんの背中のあたりを軽くトントンと叩いてあげた。

「無意識にそうしていました。身体を丸めるようにして布団にもぐりこんでいるAさんが幼い子供のように見えたということもあったかと思います。看護師に向かって添い寝をせがむなど、普通はセクハラですが、Aさんはこちらの身体に指1本触れることはなかったです」

そうして5分もたたないうちにAさんはすやすやと寝息を立て始め、穂香さんはそっとベッドから抜け出した。

「ナースステーションに戻ったら、先輩に『どうした?』と聞かれたので一部始終を話したら絶句されました。Aさんは感染症の患者さんではないし、長時間拘束されるわけでもないし、性加害でもないので実害はないと言えばないのですが『さすがにマズくない?』と先輩に言われたので、翌日院長に相談に行ったら『特別室の患者さんなんだから、特別扱いでいいんじゃないの?』と言われました」

「でも、あり得なくないですか?」と穂香さんが真顔で尋ねると、院長は「Aさんは私の友人の息子さんなんだけど、昔からマザコンで有名でねえ…」と事情を明かしてくれたという。

「早い話、AさんのマザコンぶりにはAさんの両親も困り果てているけれど、それ以外は問題のない息子なのでまあ大目に見てやって、みたいなことでした。Aさんがそこまでマザコンになるには複雑な家庭の事情もあったみたいですね」

結果、穂香さんはAさんが入院中の1週間毎晩添い寝をすることになったという。

「一度、途中で目を覚ましたAさんにナースコールで呼び戻されるということがあって以来、朝まで起きることがないようAさんには睡眠導入剤を飲んでもらいました」

それは特別室に入院する患者の特別すぎる事情を考慮したゆえの、異例の看護だったという。

取材・文/清水芽々

清水芽々(しみず・めめ)
1965年生まれ。埼玉県出身。埼玉大学卒。17歳の時に「女子高生ライター」として執筆活動を始める。現在は「ノンフィクションライター」として、主に男女関係や家族間のトラブル、女性が抱える闇、高齢者問題などと向き合っている。『壮絶ルポ 狙われるシングルマザー』(週刊文春に掲載)など、多くのメディアに寄稿。著書に『有名進学塾もない片田舎で子どもを東大生に育てた母親のシンプルな日常』など。一男三女の母。