「レアル・マドリーのヴィニシウス(・ジュニオール)が契約延長を拒否し、退団を求めている」
先日、そんなニュースが出た。チームのエースの一人と言えるブラジル人アタッカーが退団となれば、大きな話題になるだろう。バロンドールを受賞できなかったことでショックを受けたようだが…。
しかし、どんな顛末になるにせよ、大した問題ではないだろう。
「去る者は追わず」
それがマドリーの信条である。それは過去も現在も、たとえどんなスーパースターであっても変わらない。マドリーでプレーするに値する選手だけが入ることを許され、本人が去りたい、もしくは居続けるだけの価値がない、と判断されたら、決別があるだけだ。
その点、マドリーは世界でも類を見ないクラブと言える。
「私にとって忘れられない日は、サンティアゴ・ベルナベウで初めてプレーした日であり、最後にプレーした日だ」
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1980年代、マドリードの下部組織カスティージャで育って、ラ・リーガ5連覇に貢献するなど主力として活躍したMFミチェルの言葉である。白いユニホームでプレーする意味は特別なのだという。
「これはマドリーで子供の頃から育った人間としていえることだが、ここでは多くのことを学び、得ることができる。もし子供がここに入れば、出るときには大人の男になれる。そういう特別な場所さ。たしかに、このクラブに入団する選手は優れた能力を持っている。しかし、クラブの持つ歴史や栄光の方が、どんな選手の力をも凌駕しているんだよ。それこそ、マドリディスモ(マドリードのファンから転じて、マドリードの精神そのものを指す)と言える。マドリディスモを胸に戦うことで、自分以上のものになれるのさ」
選手を超えて、クラブが存在する。そこにあるのはマドリディスモという理念であり、概念で、それこそがクラブそのものを動かす。つまり、コンセプトが本体なのだ。
「私はマドリーの歴史の一部でしかない。ただ、歴史を作った人物が一人だけいる。“ドン”ディ・ステファノ。あえて言えば、彼がマドリディスモを創造した我々の主だ」
ミチェルの言葉である。
アルゼンチン人、アルフレッド・ディ・ステファノはペレと並ぶ伝説的フットボーラーで、内戦後、暗い日々を送っていたスペイン人を夢心地にした。圧倒的なプレーでタイトルを総なめ、中央政府の支援を受けるクラブにすぎなかったマドリードを“欧州に冠たる”クラブにした。マドリディスモはその矜持の中で強靱に育まれたのだ。
ヴィニシウスがチームを去りたければ、無理に止める必要などない。カゼミーロ、ラファエル・ヴァランヌ、クリスティアーノ・ロナウド、セルヒオ・ラモス、カリム・ベンゼマなど、マドリーで世界トップに立った選手たちが、移籍先で上回るプレーを見せたか。 その答えははっきりしている。
文●小宮良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。
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