どちらのチームに入るかを決めるのは子ども自身
取材した5月下旬の段階では、全員「本気派」「エンジョイ派」のどちらに所属するか、はっきりとは決定しておらず、全員一緒に練習を行っていた。
「最初からどちらに所属するかを決めてしまって、『思っていたのと違う』『こんなはずじゃなかった』となってしまっては、子どもたちが可哀想じゃないですか。ですから今は一緒に練習をして、本気派はこんな感じ、エンジョイ派はこんな方針でやっていくよ、というのを体験してもらって、今の3年生が引退した後に、正式にどちらに所属するかを子どもたち本人に決めてもらう予定です」
星野氏がこう語るのも、公式の試合などに出る場合、野球協会にメンバー登録をする必要があり、原則的に登録するのは年に1回。こっちがダメだったからあっちと、コロコロと所属先を変えることは難しいためだ。しかし1年間エンジョイチームで野球を楽しんだ後、やっぱり本気で高みを目指したいと思った場合は、翌年に本気派に転向することは認めたいという。
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本気派は勝利を、エンジョイ派は何を目指す?
本気派は野球がうまくなること、チームが強くなって勝つこと、と目標が明確だが、エンジョイ派の場合は、何を目指せばいいのかわかりづらいと感じる人もいるかもしれない。それに関してはどのように考えているのだろうか。
「本気派の子たちは、高みを目指したい、勝ちたいから相模TKSに来るわけですからブレがない。よく考えるべきなのは東林TKSCのチームに入る子どもたちです。チームの狙いはエンジョイベースボールですが、その在り方というのは幅が広いと思っていて、たとえば去年の夏の甲子園で優勝した慶應高校もエンジョイベースボールを標榜していました。あの場合は、ただ楽しめばいいというのではなく、勝ちを目指した中での楽しさの追求で、それも有りです。一方で、本当にただ競技を楽しもうっていう年があってもいいんじゃないでしょうか。だからどちらかというと東林TKSCの方が子どもの意見をちゃんと聞かないとやっていくのは難しいと思っていますし、勝ちたい子もいれば、そうでもない子もいて、勝ちたい子は相模TKSという行き場がある。そうでもない子も、野球はチームスポーツなので自分のことだけではなくて、みんなのことを考えて、その上で楽しんでいける、全員のやりたい野球ができる環境を整えてあげること、それが大人がやるべきことだと思っています」
相模TKSも東林TKSCもまだ対外試合は行っていないという。しかし、練習のある日曜日になるとわざわざ見学にくる保護者もいて、「家では子どもがクラブのある日が楽しみだと言っています」と、嬉しい言葉を聞くことも多いそうだ。
部活動の地域移行は指導者や練習場所の確保、それにかかる費用の捻出など簡単には進まないさまざまな課題があるのも事実だ。しかし、星野氏は「部活動って誰のためにやっているかと言えば、すべて子どものためなんです。ですから地域移行も、大人の事情で、これは出来ない、あれは無理ではなくて、その中でも知恵を絞って環境を整えてあげるのが大人の役割」だと言う。
取材後「偉そうなことをいっぱい話してしまいましたが」と恐縮しながら前置きした星野氏は「結局は、子どもたちが頑張っている様子を見ると、僕自身がそこからエネルギーをもらえるので」と笑顔で話してくれた。星野氏のように心から子どものことを考えられる大人が増えることが、部活動の地域移行を進めるのかもしれない。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:星野直人氏
photo by Shutterstock