今から6年ほど前、リオデジャネイロ五輪の日本代表チームにスタッフとして帯同したドクターに話を聞いたことがある。
2013年に手倉森(誠)ジャパン(U-21代表)が発足してからリオ五輪までの約3年、この世代の選手たちの成長を間近で見てきたチームドクターは、当時の遠藤航にまつわるこんなエピソードを教えてくれた。
「リオ五輪のアジア最終予選(U-23アジア選手権)でカタール入りした後、彼は練習中に股関節の肉離れを起こしたんです。悪くなる可能性もありましたが、本人が『先生、できます』と。キャプテンとしての責任感でしょうね。強い意志が伝わってきました。何週間も休まなくてはならないような症状ではありませんでしたし、結局、故障した箇所に負荷がかからないようにトレーナーにケアをしてもらいながら、ピッチに立たせたんです」
この最終予選、遠藤はグループリーグのサウジアラビア戦を除く5試合に先発出場。アジア制覇とリオ五輪出場に大きく貢献したのだ。
「メンタルの強さも少なからず(怪我の回復に)好影響を及ぼしたはずです。誰よりもハートが強かった。リオ世代の中では、航が一番海外向きだと思います」
ドクターの見立ては正しかった。インタビューから2年後、ベルギーへと渡った遠藤はドイツを経て、イングランドの強豪リバプールへとたどり着くのだ。
ただ、今や日本代表の不動のキャプテンとなった遠藤だが、2年目のリバプールでは控えに甘んじ、北中米ワールドカップ(W杯)のアジア最終予選を戦う代表チームにあって、試合勘を含めたコンディション面を不安視する向きも少なからずあった。
しかし、鋼のメンタルを持つ男は、自らのパフォーマンスで周囲の雑音を封じ込める。最終予選は、ここまで体調不良でメンバー外となったオーストラリア戦を除く全5試合にスタメン出場。攻守にわたって強度と安定感をもたらす縁の下の力持ちとして、チームの快進撃を支えている。
唯一勝点3を奪えなかったオーストラリア戦が、逆に遠藤の存在の大きさを裏付けてもいるだろう。
第6節の中国戦で、チームに火をつけたのも遠藤だった。
立ち上がりの日本は、圧倒的なアウェーの空気、中国のイエローカードも辞さないラフプレーの嵐に気圧されていた。しかし、36分に遠藤が見せた気迫のワンプレーが、チームに勇気を与える。
敵陣で田中碧がボールを奪われ、カウンターを仕掛けられた瞬間だった。ドリブルで持ち運ぶ選手を目がけて猛然とスプリント。凄まじいショルダータックルで相手をタッチラインの外に吹き飛ばし、ボールを奪い返したのが遠藤だった。
さらに、そこから縦に繋いだパスが中国選手の足裏を見せた激しいスライディングタックルにカットされても、慌てることなく再びマイボールにし、その鍛え上げた体幹でバランスを保ちながら、落ち着いて逆サイドへと展開している。
これを合図にするかのように、日本のベクトルは前へと向かう。待望の先制ゴールが生まれるのは、それから3分後のことだった。
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2-0とリードして迎えた後半立ち上がりの48分には、カウンターに出た相手選手を潰しに行ったところを入れ替わられ、失点の一因にもなっている。やや軽率と言えば軽率だったが、ただそれもプレミアリーグで磨かれた前から奪いに行く攻撃的なディフェンスを貫いたうえでの、不運な結果とも言えただろう。
ひとつのミスに動じることなく、あくまでも自身のスタイルを曲げない遠藤の真骨頂は65分だ。ハーフウェーライン付近でボールを奪うと、一切の迷いなくドルブルで前進。相手のファウルに止められたものの、3-1として多少ペースを落としたチームに身体を張って伝えたのは、「前へ」のメッセージだった。
81分には、同じリオ世代の鎌田大地と阿吽の呼吸。流れるようなパスワークの起点となって、田中のミドルシュートへと繋げている。
そうした質の高いパフォーマンスだけではない。味方の好プレーには真っ先に拍手を送り、中国のラフプレーを制御すべく、積極的にレフェリーともコミュニケーションを取る。試合を通じて、遠藤のキャプテンシーが随所に見て取れた。
26年の北中米W杯を迎える時、遠藤は33歳になっている。リバプールでの不遇からいつ脱するのかも分からず、運動量が求められるポジションだけになおさら、若手の台頭を待ち望む声もないわけではない。
それでも、怪我さえなければ、本番のピッチにも間違いなくキャプテンマークを巻いた遠藤の姿があるはずだ。やはり彼の豊富な経験と強靭なメンタルは、森保ジャパンに欠かせない。改めてそう確信した、中国戦だった。
文●吉田治良
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