①野球の「打率」は「打割合」と表現するのが正解
「率」と「割合」ということばについて、日常でその違いを意識することはほとんどないでしょう。英語では、率はrate、割合はproportionですが、英語でも混同して使われています。
しかし、この両者の意味は異なるため、医療情報の研究報告などでは明確に区別する必要があります。
まず、「割合とは、ある時点で全体の中のどれくらいを占めているか」を表します。一方、「率とは、一定期間内にどれくらい発生するか」を表すものです。
この違いを混乱させている代表例が、野球の「打率」です。打率とは単純に、ある時点での全打席中のヒットを打った数なので、本来は「打割合」と表現するべきです。
もし正確に「打率」を表そうとするなら、ある打者が「1試合で何本ヒットを打つか」、あるいは「10試合で何本ヒットを打つか」など、単位試合数を設定しないとなりません。しかし周知のように、打率にそんな指標はありません。
また、医療情報ではよく、「有病率」ということばを耳にします。これは「ある集団内でどれくらいの割合の人がその病気か」を表していて、これも正確には「有病割合」と表現するべきなのです。医学の講義などでは最近、正確な表現を用いようと、有病率ではなく有病割合と表現するようになっています。
一方、「発生率」「再発率」「罹患率」「離婚率」など、正確に「率」で表現するべき指標の場合、必ずどの時間単位で観察しているかを示す必要があります。
たとえば、ある集団の中で毎日1人ずつ発生する病気があったとします。この場合、1日単位でみるなら1人発生、1週間単位では7人発生、1カ月単位なら30人発生……というふうに、単位時間を長くすると発生する人数は増えていきます。
しかし当然ながら、これらはどれも同じことを意味しています。その点を察することが、情報の真意を読み取るポイントのひとつです。
そこで、うつ病の再発率は60%だと聞いた際、まず確認しないといけないのは、追跡した「期間は?」という情報です。うつ病が改善した後に、1日で60%が再発するのか?それとも1週間で60%が再発するのか?あるいは1年で?それとも5年で?
追跡期間がどのくらいかによって、再発のリスクの重大性は違ってきます。
うつ病の再発率が60%という情報について過去の研究論文を調べてみると、それは症状改善後5年を追跡した時点での数値であることがわかりました*3・4。
すなわち、うつ病が改善した後に、すぐに60%の人が再発するわけでは決してなく、5年間追跡すると60%になるという結果でした。
そしてこの研究を詳しく見ていくと、1年目に限ると再発率は21%~37%と報告されています。たしかに1年目はそれなりに高いですが、5年間の合計が60%になるということは、2年目以降の再発のリスクは下がることを意味します。
また、症状が改善してからの約半年間、抗うつ薬を継続することによって、再発率は約40%から20%に半減することがわかりました。
こうしたことから、うつ病の再発率について、決して悲観的になる必要はありません。うつ病が改善して間もない時期は再発に十分注意する必要がありますが、観察期間が長くなるにつれて、再発のリスクは徐々に低下していくと考えられるのです。
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②再発の基準は?
再発の割合について調べる場合、いったん症状が改善した人の経過を追っていき、どこかの時点で再発の医学的基準を満たした人を「再発」とします。
再発かどうかの基準は、うつ病の医学的評価尺度の得点が一定の値を超えたときや、世界的な基準とされる『DSM』(アメリカ精神医学会発行『精神障害の診断と統計マニュアル』Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のうつ病の診断基準を満たしたときなどです。
この基準をゆるくすると、再発者の割合は増加し、基準を重症のレベルにまで高くするとその割合は減少します。
先述のうつ病の再発率に関する論文では、その一般的な基準が使われているので、この点は問題ありません。医学論文として発表されている研究ではこの点をクリアしているケースが多いのですが、どういった基準を用いているかは重要なので、われわれは普段からチェックしています。
もしネットのニュースなどで個人の体験から「再発が増えています」とか、「悪化する人が増えています」などの表現を目にしたら、その「再発」や「悪化」の基準、あるいは定義は何なのかに注目し、可能であれば確認しましょう。