育児をしながら忙しく働いていると、料理に時間をかけることが難しいという人も多いはず。そうすると気になるのが、毎日の栄養バランス。2024年に誕生した、子どもためのヘルスケアブランド「GROWNIQUE(グロウニーク)」では、食事に1日小さじ1杯分混ぜるだけで、子どもの成長をサポートする栄養を補えるサプリメントなどを展開しています。ブランドを立ち上げたのは、研究者として大手メーカーで働き、その後独立して、スキンケアブランドを立ち上げた経験もある加藤志穂さん。化粧品の開発をしていた加藤さんが、会社を辞めようと思ったきっかけや、新たに挑戦する子ども向けブランドにかける思いについて聞きました。
「実験が楽しい」気持ちから理系の道へ
——加藤さんは、大学でも科学を専攻されていましたが、学生時代から研究者を目指していたんでしょうか?
私はもともと父が転勤族だったため、中学〜高校時代はスペインに渡り、イギリス系のインターナショナルスクールで過ごしました。理系に進んだのは、研究者になりたかったわけではなく、実験の授業が多く、それが楽しかったのが大きいです。言語の壁があったので、文系に進むことのハードルも高かったというのもあります。
——修士課程修了後は大手国内消費財・化粧品メーカーに研究員として就職したということですが、就活の進路はいつごろ決めたんでしょうか?
それは内定をもらってからやっと決めたという感じです。修士課程まで進んでいたので、このまま研究の道に進むのかなということも漠然と考えていたくらいです。ただ、やっぱり自分の原点を棚卸ししたときに、「実験が好き」という気持ちがあって、さらにその実験を通して「人の生活を豊かにしたい」という気持ちがありました。
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化粧品開発の限界を感じて起業を決意
——その後、大手外資系化粧品メーカーに転職し、30歳のときには独立・起業してご自身のスキンケアブランドを立ち上げました。もともと起業したいという気持ちはあったんですか?
学生の頃は全然考えていなかったですね。きっかけになったのは、趣味で参加していた社会人のダンスレッスン。自分より年上の人が多いコミュニティで、そこには起業している人もいました。そこで様々なキャリアの人に出会い、直接アドバイスももらったりしたことが大きかったです。
ただ、もともと頭の片隅には自分でやりたいという気持ちはあったかもしれません。メーカーにいるときも、研究室でつくった製品そのものが世の中に出る難しさに葛藤を感じることがありました。転職した外資系メーカーでは商品の中身の処方に関わるようになったのですが、研究室で性能が高いものができても売り場に出るまでには長い道のりと調整がありました。よく「化粧品は原価率が低い」と言われますが、性能が高い物を世に出したいと思うと、ビジネスモデル自体を変えなければいけないと考えるようになりました。
また私自身、学生時代に肌荒れに悩まされた経験から、悩んでいる人をちゃんと救える製品を作りたいという気持ちもありました。とくに乾燥する季節は肌がカサカサになり、大学時代は授業の合間にクリームを塗っては鏡を見るのを繰り返していた苦い思い出があります。思い返せば、スペインにいたとき、自分の母親も自分達に合う化粧品・日用品雑貨を探すのに苦労していたのを覚えています。同じように悩んでいる人たちの「生活を豊かにする」ためにも、もっと性能の高い製品を届けたいと思うようになりました。
——実際に大企業から離れてからの起業は大変でしたか?
最初は、企業に所属して研究も続けながらパラレルキャリアとして始めました。それまでは会社員からの延長線上に起業があると思っていたんですが、まったく違いましたね。しかも私は研究職からの起業だったので、営業や総務・経理などどちらかというと、これまで全然やってこなかった仕事も全部自分でこなさなければならないのが本当に大変でした。スポーツでいうと、ずっと野球をやってきて、急にサッカーをやらないといけないくらいの切り替えが必要でした。
化粧品ブランド立ち上げにあたっては、実際に日本全国の産地に足を運んで素材を選び抜き、何度も実験を重ねて製品を開発しました。そうしてつくりあげられた製品を手に取ったお客様から「この化粧品に救われた」という言葉をいただいたときは、この道を選んでよかったと心の底から思いました。