何か嫌な感じがする、の正体。プレシトシンの臭いは忌避反応を引き起こす / Credit: iStock

理由はわからないけれど、なぜか嫌な感じがする。

この建物には入らない方が良いのではないか。

そう感じた山の中の廃墟に、実は死体が眠っていた。

ホラー作品にはよくそんなシーンが登場しますが、実際その場所に死体があると、見つけていなくても生物はその事実を感じ取り回避することがわかっています。

なぜ生物は、視覚的に認識していない死体の存在を感じ取ることができるのでしょうか。

この嫌悪感には、死体から発せられる「プレシトシン」という化学物質が関与しています。

2021年12月に『Behavioural Processes』にて掲載された、京都大学野生動物研究センターの研究では、霊長類のチンパンジーを使って、死の臭いの存在について検証しています。

目次

なんとなく嫌な感じがする、の正体「プトレシン」は臭いとして感じ取れなくても、生物に死体への嫌悪感を引き起こす

なんとなく嫌な感じがする、の正体


なんとなく嫌な感じがする、の正体 / Credit: iStock

たまたま訪れた場所で、なぜかわからないけれど、これ以上近づかない方が良いような気がする、そんなシチュエーションはホラー作品でよく描かれます。

そして、そんな場所の近くには死体が転がっていたりします。

これはホラー演出として鉄板ですが、実は現実で同じようなシチュエーションがあった場合、生物は同じような反応をする可能性があるのです。

つまり、近くに死体があるとその事実を知らなくても、「ここ、なんだか嫌な感じがする」と回避する可能性が高いのです。

このような、まだ視覚的に死体を認識していないにも関わらず、無意識に嫌悪感を覚えてその場所を避けようとする行動には、実は科学的根拠があります。

まずそもそも死体が近くにあるとき、生物は恐怖や嫌悪を感じます。これは危険な状況を回避するために、多くの動物種に本能的に備わっている行動です。

野生下においては、他個体の死体の近くには捕食者がいたり、病死した死体が病気の感染源になる可能性があるため、むやみに死体に近づくという行為は、自分も命を落とすリスクに繋がります。

しかし見て避けるのはわかりますが、見つける前から避けようとするというのはどういう理屈なのでしょう?

ここには、死体から発せられる臭い(死臭)が関与していると考えられています。

死体からは、「プレシトシン」という独特な腐敗臭が発生しています。

プレシトシンは、生物の死後にタンパク質が分解される過程で生成される化合物で、腐敗臭や死臭の主要な原因となる物質の一つです。

プレシトシンの臭いは、死体に産卵したり、死体を食べたりする昆虫などにとっては誘引物質となり、一般的な動物にとっては、忌避反応を引き起こすとされています。

つまり、見えていなくても生物はプレシトシンを感じ取ると、その場所を避けようとするのです。

とはいえ、プレシトシンは不快な臭いの原因物質なので、こうした説明だと悪臭がするから避けるだけじゃないの? と思う人もいるかも知れません。

しかし、ここにはもう少し興味深い報告があるのです。

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「プトレシン」は臭いとして感じ取れなくても、生物に死体への嫌悪感を引き起こす


「プトレシン」は死体への嫌悪感を引き起こす / Credit: iStock

京都大学野生動物研究センターの研究チームは、2021年に実際にこの現象を人間に最も近い霊長類であるチンパンジーを使って、科学的に証明しています。

研究では、チンパンジーがプレシトシンの臭いに忌避反応を示すか、臭いと一緒に死体の存在がある場合は、その反応が強化されるのかを検証しました。

はじめに、プレシトシンを染み込ませたコットンを小さな容器に入れ、その容器をチンパンジーから見えないようにバケツの中に入れます。

バケツには、臭いが発散できるように小さな穴が複数開けられており、中には小型のファンが入れられています。

さらに、バケツの上に小鳥のはく製または手袋を置き、死体(=小鳥のはく製)と死体の臭い(=プレシトシン)がセットで存在する時に、より強い忌避反応を示すのか、

死体とセットでない場合(=手袋の場合: チンパンジーが見慣れた手ごろな物体)でも臭いを嫌がるのかを検証しました。

その結果、チンパンジーは無臭の時と比べてプレシトシンの臭いをかがせた時のみ、バケツから距離を取ることが分かりました。

またこの時、バケツの上に乗っているものが、はく製か手袋かは関係がありませんでした。

さらにこの研究では、プレシトシンを臭いとして感じ取れない濃度でも試していますが、悪臭として感じ取れないレベルの場合でも、チンパンジーたちは忌避反応を示したのです。

つまり、死体と死の臭いがセットになったことによって特に反応が強まるというわけではなく、死体の存在が無くても忌避反応が起き、さらに臭いとして感じることが出来なくても忌避反応が起きることが示されたのです。

この結果より、実際に死体を見ていなくても、死臭を意識的に感じていなくても、低濃度のプレシトシンが発生しているだけで、生物はなんとなく嫌な感じがするから近づかないでおこう、という行動を実際にとることが科学的に証明されました。

危うきに近寄らず、ということわざもありますが、なんとなく嫌な感じがする、というシチュエーションに出会ったときには、そっとその場から離れるのが安全かもしれません。

それは危険を感知した本能の呼び声かもしれないのです。

参考文献

The Smell Of Death Has A Strange Influence On Human Behavior
https://www.iflscience.com/the-smell-of-death-has-a-strange-influence-on-human-behavior-76452
Putrescine–a chemical cue of death—is aversive to chimpanzees
https://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/ja/publications/JamesRAnderson/Anderson2021-bp.html

元論文

Putrescine–a chemical cue of death—is aversive to chimpanzees
https://doi.org/10.1016/j.beproc.2021.104538

ライター

高橋 実可子: 大学では農学を専攻し、産業動物の研究をしていました。
現在は医療系の企業でメディカルライターとして働いています。
動物が好きで、猫3匹、小鳥1匹と生活しています。
生き物の身体の仕組み、感情や行動の変化に興味があり、本サイトでは医療と生物の記事を担当します。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。