「一度しかない野球人生で、後悔のないように、そして今回、背中を押して頂いた皆様の期待に応えられるように、マイナー契約から這い上がって、世界一の選手になれるよう頑張ります」
千葉ロッテマリーンズが、「令和の怪物」佐々木朗希投手(23)のポスティングシステムを利用したMLB挑戦を容認した。
そのニュースが流れてすぐ、普段はカブスを取材する番記者の一人が、「マーリンズじゃないよね? マリーンズだよね?」というメッセージを送ってきた。彼は普段から鈴木誠也や今永昇太を取材している記者の一人で、シーズン中から「(日本から)次は誰が来るのか?」と積極的に話し合っていた人なので、わざわざ、「Roki Sasakiのチームのこと?」などと聞き返す必要もなかった。
シカゴの番記者がわざわざ「Roki Sasaki」に素早く反応したのは、佐々木獲得にはどの球団にも等しくチャンスがあるからだ。いわゆる、「25歳ルール」のおかげで、フリー・エージェント(FA)の実績ある投手より遥かに安い契約金と、その25%程度で済むNPB球団への譲渡金で手に入る「未来のエース級投手」が獲得できるのだから、関心を示して当然なのだ。
ポスティング制度による譲渡金と言えば、昨オフ、オリックスが山本由伸投手のドジャース獲得に際し、史上最高の5062万5000ドル(約77億5000万円)の譲渡金を受け取ることになったが、千葉ロッテには、そんな大金は転がり込んでこない。
オリックスが恩恵を受けたのは、当時の山本がすでに25歳になっており、12年総額3億2500万ドル(約455億円)という投手としての史上最高額のメジャー契約を交わせたからで、佐々木は本来、中南米出身の若手選手の契約金抑制のために設けられた、「25歳ルール(25歳未満の海外選手はマイナー契約しか結べない)」の対象選手であるため、1億円程度に抑えられてしまう。 たとえば2017年、「25歳ルール」を前提にエンジェルスに移籍した大谷翔平は、231万5000ドル(当時約2億6000万円)でもイナー契約したので、ルールに則って、譲渡金はその25%の約8900万円だった。佐々木も同程度になると見込まれている。
山本の約77億円に対し、佐々木の(予想額)約8900万円。
間違いなく、MLBの各球団にとっては超お買い得。本来ならば、10年2億7500万から3億ドル(約465億円)の価値があると言われている佐々木が、100万ドル以下で手に入るのだから、「Roki Sasaki」への注目度も高くなって当然だ。
米メディアの中にも「日本で1年間まともに先発ローテを守ったことがない」などと危惧する者はいるのだが、23歳という年齢もあって、「その潜在能力をこれから伸ばしていけばいい」と前向きに考えられているようだ。
佐々木にとって一つ追い風があるとすれば、それはMLBにおける「先発ローテーションを守る」ハードルが、昔に比べれば随分と低くなっていることだろう。
たとえば、1995年にMLBデビューした野茂英雄氏(当時ドジャース)は、前年からの選手ストライキの余波で1ヵ月短いシーズンになったものの、全28試合に登板してそのうち中4日での先発が18試合もあった(中5日では5試合、中6日以上では5試合だった)。
それが、2007年にデビューした松坂大輔氏(当時レッドソックス)の時代になると、中4日は全32登板中13試合。12年デビューのダルビッシュ有(当時レンジャーズ)も、29先発のうち中4日は13試合だった。
2年前の労使協定締結で、MLBのスケジュールに以前よりもオフ日が増えたため、中4日から中5日への以降はさらに進んだ。NPB出身の先発投手もその恩恵を受けており、23年デビューのメッツ千賀滉大投手(メッツ)は、全29試合中、中5日が17試合と最も多く、中4日がたったの3試合しかなかった。今年デビューした今永も全29試合のうち最も多いのは中5日の18試合、中4日は6試合のみ。もはや中4日は「珍しい」レベルになっている。 大事なのは、それがNPB出身選手に限ったことではない、という事実だろう。
たとえば、今年のナショナル・新人王を獲得したポール・スキーンズ(パイレーツ)は、全23先発で中4日がゼロ。中5日で19試合、中6日以上が4試合と、かなり丁重に扱われていた。スキーンズのチームメイトで、やはり今年デビューした同年齢のジャレッド・ジョーンズも、22先発のうち中4日はわずか2試合のみで、中5日が14試合、中6日以上が6試合と「ゆとり」ある起用法だった。
今年、MLB最多の208.2イニングを投げたローガン・ギルバート(マリナーズ)にしても、全33試合中、最も多かったのは中5日での15試合で、中4日での登板はそれと同等の14試合に過ぎなかった。3年前の2021年にデビュー年は全24試合中、中4日は5試合のみである。同年、最も多かったのは中5日の15試合で、中6日以上も4試合あった。
MLBにおける登板間隔の主流が、中4日から中5日へと移行しつつある理由は、それが多発する投手の肩・肘の怪我に対する一つの答えと考えられているからだ。
「いかにして投手を怪我からを守るのか?」というのはMLB各球団にとっての命題で、長年に渡って議論されてきた。先発投手にとっては、厳しい球数制限と登板間隔がその対処法だと考えられているのは間違いないところで、その仮説を後押ししたのが、MLBと選手組合が協力して、労使協定でチームのオフ日を増やしたことだった。
とはいえ、信頼に値する先発投手がどのチームにも5人いるわけではなく、日本で言うところの「三本柱」に匹敵する戦力を持つチームは少ない。かつてはオフ日を利用して、そこから外れた5人目の先発をスキップし、4人でローテーションをやり繰りしていたが、そこに一石を投じたのが、救援投手を先発させるオープナーで、それが成功するチームが増えると、先発投手が「中4日」で登板する機会そのものが、極端に少なくなった。 今季、アメリカン・リーグのワイルドカード3枚目に滑り込んだタイガースなどは、シーズン終盤は実質、2人で先発ローテを回し、あとはすべてオープナーでやり繰りして成功している。タイガースの例は極端としても、NPBよりも厳しい球数制限があるところに、中5日が主流となりつつあるのは間違いのないところで、それは佐々木にとって追い風になるだろう。
もちろん、メジャーよりもさらにゆとりがあるNPBですら、一度も規定投球回数に達しなかったのだから、「佐々木にとっては中5日でも短い」と言われればそれまでなのだが、佐々木を獲得するMLB球団もそのあたりは慎重に考えているだろう。もしかしたら、前出のスキーンズやジョーンズ、あるいはギルバート以上に丁重に扱われるかも知れない。中5日が厳しい、ということになれば、時には中6日を挟んで佐々木を育成することになるだろう。
そこで参考になるのは、実は「投打二刀流」で他の先発投手よりも投球間隔が長かった大谷ではないかと思う。
大谷は2018年、日本で実証された「ほぼ週1回」=全10試合とも中6日以上の登板間隔で4勝2敗、防御率3.31という好成績を残している。投手だけなら新人王には届かなかっただろうが、打者として104試合に出場して22本塁打を放ったことが認められ、同賞を獲得した。ただし、同年の6月には右肘を痛めて9月にトミー・ジョン(靭帯再建)手術を受け、2年後の20年7月に投手として復帰したものの、後遺症も出たため、最初の3年間はわずか12試合にしか登板できなかった。
参考になるのは、大谷が投手として頭角を現した21年からの3年間だ。
大谷はその3年間で、74試合に先発して34勝16敗、防御率2.84と圧倒的な成績を残した。年平均では25先発で143イニングを投げ、11勝5敗、防御率2.84、181奪三振と「エース級投手」の数字を残している。注目すべきは、大谷がその間、中6日以上の登板間隔を開けるより、中5日で先発した方が総体的に結果は良かったという事実だ。
◎投手・大谷 2021年からの3年間の成績
▼中5日
2021 6試合 4勝0敗 防御率2.31 WHIP0.90 K/BB7.50
2022 12試合 8勝3敗 防御率2.83 WHIP0.91 K/BB4.32
2023 15試合 8勝3敗 防御率2.83 WHIP1.00 K/BB3.23
▼中6日以上
2021 17試合 5勝2敗 防御率3.55 WHIP1.17 K/BB2.92
2022 16試合 8勝5敗 防御率2.89 WHIP1.09 K/BB5.64
2023 7試合 1勝2敗 防御率4.68 WHIP1.35 K/BB2.39
それでも2度目のトミー・ジョン手術をすることになったので、「いくら成績が良くても、中5日は無理だった」と否定的な見方をする人はいるだろう。だが、事実として「投手・大谷」を「打者・大谷」と同等かそれ以上の評価に押し上げたのは、この3年間の投手成績があったからだ。 佐々木の登板間隔が、大谷1年目のように中6日になるのか、「エース級投手」として君臨した3年間のように中5日に移行するような形になるのかは、現時点では分からない。分かっているのは、佐々木には今までとは違った形のサクセス・ストーリーを描ける可能性があるということだろう。
考えてみれば、彼がMLBで自己最多の21登板を果たしても、130回を投げただけでも、NPB時代の彼の実績を考えれば、十分に成功したと言える。プロ野球人生初の規定投球回数に達したのなら、それはもう、大成功と考えられる。大谷や千賀や今永に比べてNPB時代の成績が拙い分、MLBでさらなる成功を収める可能性は高いわけだ。
最後になるが、佐々木がMLBで年俸調停権を取得する時は26歳、FA権獲得時は29歳になっている。彼がその時点で「成功」と呼べるようなキャリアを歩んでいるならば、31歳でカブスと6年総額1億2600万ドル(現レートで約192億7800万円)で契約したダルビッシュのように、NPBではあり得ないような高額契約も勝ち取れるはずだ。
そう、今は「25歳ルール」のおかげで山本のように長期契約できず、「バーゲンセール」と考えられている彼は、いつの日か周囲が驚くような高額契約を手にする可能性があるのだ。
それが千葉ロッテへの譲渡金にまったく反映されないのは、球団やファンの方々にとっては納得のいかないことだろうけれど、すでに決まってしまったこと。これ以上、何を言っても仕方ない。
それならば、逆風覚悟、批判覚悟で海を渡る若者を、今はとにかく、応援してやろうではないか――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。’97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した’01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。’08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
【記事】「10失点した後ですら球場に来るのが楽しかった」今永昇太が振り返る充実のメジャー1年目と日本開幕戦への決意<SLUGGER>【記事】「佐々木朗希の市場価値は10年3億ドル」国際スカウトが証言とド軍メディア「ササキの可能性は無限大」「全GMがドジャースに行くと予想している」
【記事】佐々木朗希の移籍先はドジャースじゃない!? 「85パーセントの確率で別の球団と契約するだろう」元GM示唆