「バルサに完璧にフィット」戦術家でもカリスマでもない“名将”ハンジ・フリックの魅力「誰のことも忘れない」【現地発】

 ドイツ代表の監督として挫折を味わったハンジ・フリックが鮮やかな復活を遂げた。今シーズンから指揮を執るバルセロナで「名将」という称賛に値する手腕を見せつけているのだ。ラ・リーガでは首位躍進に導き、チャンピオンズリーグではバイエルンに4-1の大勝を収めた。いったい何が優れているのか。旧知のドイツ人記者が知られざる素顔や指導力に迫る。

―――◆―――◆―――

 ハンジ・フリックはドイツ南西部に位置するバーデン=ヴュルテンベルク州の出身だ。ハイデルベルクに生まれ、人口1万5000に満たないネッカーゲミュントで育った。その小さな町の環境が、「非常に地に足のついた人物」という人格形成に影響を与えたのは間違いない。サッカーで生計を立てられなかったときの保険として、高校卒業後には銀行員の職業訓練を受けている。

 経営者の顔も持つ。長く住んでいたバンメンタール(ハイデルベルクの近く)で、妻とともに『ハンジ・フリック スポーツとフリータイム』というスポーツショップを経営していた。オープンしたのは1995年にサッカー選手としてのキャリアを終えた後で、2017年に店を閉じている。

【画像】まさにスタジアムの華! ワールドクラスたちの妻、恋人、パートナーら“WAGs”を一挙紹介!
 一見すると、フリックは非常に控えめで礼儀正しく、どちらかというと物静かな人間である。親しみやすくて穏やかだ。ただし、ピッチの上とロッカールームでは非常に厳しく、自分の信念を貫く。本来の名前であるハンス=ディーターではなく、愛称のハンジで呼ばれたがる59歳は、トラブルに立ち向かう胆力も兼備。バルセロナという非常に大きなプレッシャーのかかる環境で、外部から平穏が脅かされるようなこと(批判など)があれば、すぐに何かしらの抵抗を見せるだろう。

 典型的なドイツ人の美徳も持ち合わせている。それはスター選手を管理し、ひとつのグループをうまく機能させるリーダーに必要な資質とも換言できそうだ。なにより秩序を大切にしていて、時間に厳しいところである。

 信条は「良いスタートには熱意、良い終わりには規律が必要」である。ドイツ代表のアシスタントコーチとしてブラジル・ワールドカップに臨んだ際、フリックはこの一文をだれもが目にしやすい宿舎の一角に掲示し、バイエルン時代も信念を曲げなかった。

 そんなフリックにとって最大の相談相手はジルケ夫人。知り合ったのは自身が18歳、ジルケが15歳の時で、40年以上の付き合いになる。かつてフリックはこう語っていた。

「私たちは長い道を一緒に歩いてきた。とても多くのことについて話すよ。人とは違った見方をすることが多い彼女は、私の視野を広げてくれるんだ。正しい方向に進むことができるように」
 監督歴も長い。しばしば「サメの水槽」と例えられるバイエルンのゼーベナー・シュトラーセ(クラブハウス)でうまく立ち回った実績に加え、ドイツ代表監督時代の苦い経験——カタールW杯早期敗退や志半ばでの解任――も、バルセロナを率いるうえで役に立てているだろう。

 ドイツ以外の国で働くのは久しぶりだ。ジョバンニ・トラパットーニ率いるレッドブル・ザルツブルクでアシスタントコーチを務めていた06年以来である。だが、バルセロナからの誘いを躊躇することはなかった。国外のビッグクラブで大きなチャレンジをする日を長年夢見ていたからだ。それが大きなモチベーションになっている。

 ドイツ代表監督として成功を収められなかったものの、指導者としての評判は折り紙付き。人を惹きつけるオーラがあり、プロとしての専門知識と人間性で選手たちの信頼を得ようと考えている。彷彿とさせる名将は、彼自身が選手時代に師事したユップ・ハインケスである。

 ハインケス率いるバイエルンでプレーしていた頃のフリックは守備的MFとして、なによりスター然としたところがないチームプレーヤーとして全幅の信頼を置かれていた。そんなかつての教え子を、ハインケスはこう称している。

「技術やフィジカルだけでなく、メンタリティも同じくらい重要だ。その意味で、ハンジの共感力やコミュニケーション能力は天賦の才能と言える」

【記事】「衝撃の結果だ」「FIFAランク100位に屈辱」韓国代表、最下位パレスチナとまさかの連続ドローに母国メディアは茫然!「最悪のパフォーマンス」【W杯最終予選】

【記事】「日本代表に勝つチャンスはあるか?」中国代表監督への質問に会見場がまさかの“爆笑”。指揮官の答えは?「君の同僚はみんな笑っていたが…」 
 このマン・マネジメント(コミュニケーション能力)については、バイエルンとドイツ代表でフリックと共闘したマヌエル・ノイアーも認めるところ。そのGKは「ハンジは誰のことだって忘れない。そういうところはユップ(ハインケス)と同じ」と語っている。そう、フリックは一人ひとりと膝を突き合わせる監督で、とくに出場機会のない選手との話し合いを非常に重要視している。バイエルンで共闘し、バルセロナで2年ぶりに再会したロベルト・レバンドフスキもまた、フリックを信じてやまないひとりだ。

「僕たちは監督が背中を押してくれていること、選手を助けたいと思ってくれていることを実感できている」

 ペップ・グアルディオラのような戦術家でも、ユルゲン・クロップのようなカリスマでもない。だが、そのコミュニケーション能力は両者のそれに匹敵する。現役時代からの親友で、フリック家の長女カトリンの後見人を務めているローター・マテウスは、指揮官フリックの「物事を複雑にせず、率直かつ明瞭に選手たちと話をする」姿勢に感銘を受けているようだ。

 いわゆるソーシャルスキルに長けるフリックは、コーチ陣との意思疎通も抜群だ。他者の助言をくみ取れるがゆえに戦術的なアイデアやノウハウが風化することはなく、つねにブラッシュアップできている。再建への道を歩むバルセロナに、フリックは完璧にフィットする監督と言えるだろう。

文:ベンヤミン・ホフマン 訳:円賀貴子

※ワールドサッカーダイジェスト10月17日号の記事を加筆・修正