InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
見ているだけの罪、見ていることの愛
エグレゴリア。同じような思いの人々が共有する無意識のチャンネルを指す。神秘学の概念だが、古代に神話が生まれ、現代でネットのネタ、ミームが広まる場所もそこかもしれない。
『ドリーム・シナリオ』では、個性も業績もない初老の大学教授が多くの人々の夢に同時多発する。このエグレゴリアな珍現象の主役ポールをただならぬ共感を滲ませて演じるのは、ネットのネタとして世界中でいじられてきたニコラス・ケイジだ。
当然、この珍現象で世間は大騒ぎになる。ポールはずっと、社会の「その他大勢」としてそう生きてきたように、人々の夢の中で酷いことが起こっても、何もせず傍観するだけ。無害な彼はキャラ化し、有名人に。
さっそく広告代理店が接近。夢の中でスプライトを宣伝してくれと依頼し、「うまくいかなくても成功したと言えばいい」「オバマの推薦もらえばバッチリ」。代理店仕事の怪しさをこうも痛烈に喝破する脚本は、ノルウェー出身の監督クリストファー・ボルグリによるもの。前作『シック・オブ・マイセルフ』はアーティスト・ワナビーの女の子が、強い副作用の薬をわざと大量接種し醜く変貌、注目を集めスター化する話だったし、有名になること、イメージを商いする仕組みの毒性を抽出するのが得意な作家なのだ。
ポールも欲を出してしまう。愛妻にいいとこ見せたくても何もできなかったけど、念願の自著をこの降って沸いたような注目を利用して実現しよう。その他大勢から、主役になるんだ。
ところが、事態は急変する。みんなの夢の中で、ポールがさまざまな酷いことの加害者に。現実世界にも加害者認定が及び、怒涛の悪夢展開へ。
ニコラス・ケイジがネットのネタにされてきたのは、演技の「やりすぎ」を面白がられたことも大きいが、ポールというインテリおじさんの厄介な自意識の揺れを緻密に出現させる、その素晴らしい技術を観客は再発見するはずだ。つくづく、巧い。
散々な目に遭うポール。だが、それまでの辛辣さと、製作に並ぶアリ・アスターの名前からは想像できない、胸を締めつけられるラストが待っている。思い込みを過信してはいけない、まず見ることだ。
『画家と泥棒』の監督ベンジャミン・リーもノルウェー出身。首都オスロで二人の人物を3年余り追い、一本一本の木を慎重に組み上げるがごとき編集で、人と人の交わりがどれほどの実りを手繰り寄せるかを物語る、聖堂のような映画を完成させた。
始まりは犯罪。著名ではない画家の作品が、ギャラリーから盗まれた。フレームから200本もの釘を抜いて絵を盗んだ犯人は逮捕され、二人組のうちベルティルというタトゥーだらけの男が出廷。画家バルボラは彼に会い、あなたを描かせてと頼む。
監督はこの時点で出来事を知り、二人を撮り始めた。ベルティルは言う。「彼女は俺をよく見ている。俺も彼女を見ている」
母国チェコにいたバルボラは、心身を痛めつける男から逃れてオスロに来た。会話は英語、スムーズではないのにベルティルは彼女の痛みと暗黒に気づく。そのベルティルは技能を伸ばす可能性があったのに、無謀な行為を重ねてきた。自らを死に追いやるように。バルボラは彼の死臭を嗅ぎつけた。恋人いわく「他人の苦しみを見つけてアトリエに持って帰る」。
二人の間に立ち上がる、陰鬱なエグレゴリア。ともに暗闇にのみ込まれてしまうのだろうか。
「悪魔は暗闇で育ち光の中で死ぬ」。ベルウィルの言葉だ。光のもとで、誰かが必ずちゃんと見てくれること。どちらの映画でも、そのことがこれからをほの明るく照らす。
『ドリーム・シナリオ』
23年 アメリカ 102分 監督・脚本・編集:クリストファー・ボルグリ 出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、リリー・バード、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラ、ティム・ミードウズ、ディラン・ゲルーラ 11/22(⾦)より新宿ピカデリーほか全国公開
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『画家と泥棒』
20年 ノルウェー 102分 監督:ベンジャミン・リー 出演:バルボラ・キシルコワ、カール・ベルティル・ノードランド 11/9(土)より東京ユーロスペースほか全国順次公開