「質量」は「重さ」じゃない!

学生時代に物理の授業で「質量と重さは違います」と説明された記憶があると思います。

ただ、ほとんどの場合、質量と重さは混同して使われるため、その違いを意識する機会はほとんどないでしょう。

その理由は地球上では、この2つは特に分けて考えなくても問題がないためです。

そこでちょっと場所を変えて考えてみましょう。

例えば、月面では重力が地球の6分の1しかありません。

そのため体重60kgの人が、月へ行けば体重は10kgになってしまいます。

ではこのとき、その人の質量(物質の量)は減っているでしょうか? この人は50kgの減量に成功したと言えるでしょうか?


月面では体重が6分の1になるが質量は変わっていない / Credit:canva

当然そんなことはありません。

つまり月へ行くと重さは減るけれど、質量は変わっていないのです。

けれどまだちょっと釈然としない人がいるかもしれません。

なのでもう少し詳しく質量と重さの定義について考えてみましょう。

重力の弱い月へ行くと減ってしまうということから、「重さ」とはある物質が重力に引かれる強さを表す値だと言うことができます。

では質量はなんなのでしょうか? 物質の量という表現の仕方もできますが、ヒッグス粒子の作用も含めて考えた場合、「質量」が表現しているのは、その物質の空間からの動かしにくさと言えます。

無重力の宇宙空間では重さはゼロになりますが、例えば宇宙飛行士が巨大な宇宙ステーション(ISS)を地球方向に蹴飛ばしたらどうなるでしょうか?

ISSは地球に落ちてしまうでしょうか?

もちろんそんなことは起こりません。ISSはその場から動かず、ISSを蹴飛ばした宇宙飛行士が蹴飛ばした力をそのまま反作用として宇宙空間へ放り出されてしまうだけです。


無重力の空間では質量の大きい物体は動かず小さい物体は簡単に動く / Credit:ナゾロジー編集部,
canva

つまり重力とは関係なく、質量の大きいISSはその場から動かすことが非常に困難で、質量の小さい宇宙飛行士はちょっとの力で簡単にその場から動いてしまうのです。

これは地球上で、重い物体と軽い物体を落とした時、落ちる速度が変わらないという問題とも関わっています。

重い物体のほうが明らかに重力に強く引っ張られているはずなのに、軽い物体と落ちる速度が同じなのはなぜなのか? こういう疑問を抱いたことのある人は多いでしょう。

この疑問の答えは、重い物体の方が強い力で地面に引っ張られますが、同時に質量が大きいためその場からは動きにくいためです。一方、軽い物体は地面に引かれる強さは弱くても、質量が小さいために弱い力でも簡単に動いてしまいます。

重さによる重力の強さと、質量による動きにくさが釣り合って、地球上では重い物体でも軽い物体でも同じ速度で落ちることになるのです。


重力の強さと動きにくさが釣り合って同じ値になっている。 / Credit:canva

このように質量と、重さ(重力の作用)は無関係ではないものの異なる性質を示すものなのです。

だから、質量の起源であるヒッグス粒子は、重力の原因である重力子とはならないのです。

そうなるとさらなる疑問が浮かんできます。質量が大きい物質から発生する重力とは一体なんなのでしょうか?

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重力を伝える重力子とは何なのか?

素粒子とは単純に物質の最も小さい構成要素と捉える人は多いでしょう。

しかし実は素粒子は物質の元になっているだけではありません。重力や電磁力など目には見えない力をこの世界に作り出す原因にもなっているのです。

素粒子には「物質の元になっている粒子」の他に「力を伝える作用を持つ粒子」があり、実は全然異なる2種類に分かれています。

原子核の陽子や中性子を作り上げているクォークなどの素粒子は、物質のもっとも小さい構成要素でフェルミオン(フェルミ粒子)と呼ばれています。

一方、電磁力などを伝える光子などは、力を伝達する粒子としてボソン(ボーズ粒子)と呼ばれています。

物理学では現在、強い核力、弱い核力、電磁力、重力という4つの力が定義されていて、これらは何にも触れずに力が作用しているように見えますが、実際にはボソンという素粒子が作用してそれぞれの力を伝えています。


物理が定める自然界の4つの力と、それを伝える素粒子。 / Credit:KEK 文部科学省・高エネルギー加速器研究機構

そして4つの力を伝えるボソンのうち、唯一見つかっていないのが重力を伝える重力子です。

これは存在するのは間違いないと考えられていますが、検出はできていません。

さきほど、ヒッグス粒子は光と相互作用しないため、光子が質量ゼロという話をしましたが、光子は質量を持ちませんが、巨大な重力源ブラックホールには吸い込まれてしまいます。

重力レンズ効果というのは、質量の大きい物体の周りで光の動きが歪むことで生じる現象ですし、ブラックホールに極めて近い事象の地平面の内側へ入ってしまうと、光さえその重力から脱出することが不可能になります。

つまり光子はヒッグス粒子の影響は受けないものの、重力子からは確実に影響を受けていると考えられるのです。

こういう意味でもヒッグス粒子と重力子は異なるものです。

しかし、質量の大きいものから重力が生じているというのも事実です。

アインシュタインの相対性理論では、重力は空間の歪みとして記述されますが、これも量子論のボソンによって重力が伝達されるという考えた方をした場合、うまく整合性が取れなくなります。


2次平面を使って重力を説明する時、なぜか3次元空間で働く重力の存在が必要になってしまう。何が空間を歪ませるのだろう? / Credit:depositphotos

そのため重力子という存在を発見し、その起源や伝達される原理を理解することは重要になってきます。

素粒子レベルでは重力はどのように生じているのでしょうか? そこに質量を生むヒッグス粒子はどのように関係しているのでしょうか?

まだまだ世界には多くの謎が残っています。

※この記事は2022年8月に掲載したものを再編集してお送りしています。

参考文献

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B009CTXQT2

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語
https://www.amazon.co.jp/dp/B01LXJ8OQJ

ライター

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

編集者

ナゾロジー 編集部