「野球」から「野菜」へ。元独立リーグ4番打者のたどり着いた農家とカフェ経営の「二刀流」

失敗がつきものの野球と農業。それでも成功を信じて


稲垣さんが収穫した野菜と、育った西区の田園風景

ニンジンやジャガイモ、サツマイモ、ビーツなど10種類の野菜を育てる稲垣さん。
今夏の猛暑の影響で、いくつかの作物が栽培できずに枯れてしまったという。

「失敗がつきものなのは農業と野球の共通点。種を撒いても作物ができるかどうかは分からない。野球も打席に立てば必ず打てるわけではない。一般的に3割打てばすごいと言われますが、裏返せば10打席中7回は失敗するということです。そのあとの切り替えが大事なんですよね」

試行錯誤をしながらも農地面積は広がり、カフェを訪れる人も市内外の垣根なく増えている。周囲の飲食店関係者からも「2年目でこれは立派」と言われるほどにまでなった。

「今度はこちらから都心にアプローチをして、興味を持ってもらった人たちにお店へ足を運んでもらえるようにしていきたい」。稲垣さんは別の農家2人と協力し、隔週で10種類の野菜を届ける「サブスク」を開始した。
運搬のため、地元のバス会社と連携。既存の路線での貨客混載で中央区まで野菜を運んでもらい、バス会社から野菜を受け取った配達員が自転車で3カ所ある受け取り場所まで運ぶ仕組みだ。「利用者は帰宅や外出時など都合の良い時に受け取り場所で受け取れます。配達のコストを減らせる上に、Co2の削減にもなるのがメリットです」と語る。

ただ、順調に見える事業も最初は借金からのスタートとなり、不安に襲われることもあったという。


稲垣さんの野菜が積み込まれたバス。積載が分かるロゴが貼られている

「セカンドキャリアを踏み出す時の恐怖心を乗り越えられたのは、野球のおかげでした。ここで打たなきゃまずいという局面での打席は何度もありましたが、そこで恐怖心のリミッターを外していかないと何も成功できません。事業をしていく中で、不安に襲われた時、打ち勝てているのは野球で養われた精神力があるからだなと感じています」

まだ農家とカフェ経営者としての人生が始まったばかりの稲垣さんだが、再び「やり切る」覚悟を持って目標を掲げている。

「まずは神戸で一番野菜を生産する農家になる。今はうちの畑で足りない分の野菜は地元のものを購入していますが、全てまかなえるようにしていきたい。そして、*有機JASの認証を取得して、オーガニックレストランと名乗れるようになります」

万一農業から離れることになっても、一切後悔が残らない最後を目指す。

*有機JAS:有機食品(農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として自然界の力で生産された食品)について農林水産大臣が定める国家規格

短いスパンで結果が出なくても、自分自身が感じる成長や手ごたえを信じて努力をし続けられる。その先に求めていた成果を勝ち得たという確かな自信を取材中にひしひしと感じた。
記事中にもあった通り、稲垣さんは長い年月を費やした野球から離れるとき、残りの人生をどのように進むべきなのか迷っていたという。スポーツをしていて得られるものが、そのスポーツの技術だけなのであれば、稲垣さんの進めた道は本当に限られていただろう。ただ、20年間取り組み続けた野球はずっと多くのものを稲垣さんに残していた。この先、仮に目先の栽培が上手くいかなくとも、その課程で得た一つひとつの手ごたえを信じ、掲げた目標に向かい続けられるのだろう。

text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:稲垣将幸