『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』アレクセイ・ナワリヌイ(著) 斎藤栄一郎/星薫子(翻訳)
◆『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』講談社/3000円(本体価格)
――翻訳するにあたり、星さんのナワリヌイに対する印象はどのようなものだったのでしょうか?
星「政治家だがスーツは着ない。デニムにブルゾンという格好で、悪態をつきながら汚職に切り込んでいく。当初は『皮肉屋のヒップスター』という印象で、若者に人気があるのだろうと思っていました。しかしナワリヌイの実像は、そんなに格好いいものではありません。ロシアのビジネス、政治、司法、あらゆる分野で法律が軽視されていることに腹を立て“こんなことがまかり通る国を変えたい”と訴えるナワリヌイの主張は、オルタナティブではなく、むしろ正統派なのです」
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――なぜ、ナワリヌイはプーチンの悪行を暴こうとしたのでしょうか?
星「プーチンがあたかもエリツィンの後継者のように、出来レースの選挙で大統領になった経緯に不満を抱いたのです。国民の大半は『プーチンはエリツィンほど酔っ払いではなく、言動もまとも』と好意的でしたが、ナワリヌイはプーチンを信用していなかった。ロシアの発展を妨げる独裁者だという確信は、その後も強くなっていったのです」
ドイツから帰国後拘束され収容所へ
――2020年、航空機内で毒殺未遂に遭いました。
星「毒殺未遂当時、ナワリヌイの汚職告発ストリーミングには常時15万人の視聴者がいました。13年のモスクワ市長選でも、選挙が公正に行われていれば決選投票に持ち込める支持率だった。だからこそナワリヌイは、ドイツでの療養後、『私は他の政治家のように国民をだまさない、見捨てない。ロシアには嘘をつかない人物が必要だ』と支持者の元に一刻も早く戻りたがったのです。帰国すれば再び収監か毒殺の可能性があったので、家族や弁護士とシミュレーションまでしています。そして実際、入国審査のカウンターで身柄を拘束されたのです」
――収監されたロシアの矯正労働収容所はまさに地獄でした。
星「ナワリヌイが収容された特別拘置所、厳戒矯正労働収容所、最厳重矯正労働収容所は、順を追って条件が過酷になっていく。ナワリヌイの所属する班は特別に監視が厳しく、そのせいで班員からも恨まれます。中でも収容所の管理局に買収されている『ヤギ』と呼ばれる囚人は、ナワリヌイのハンガーストライキを妨害し、嫌がらせをエスカレートさせていったのです。この本は、信念と人間的な弱さの間で揺れ動く、ナワリヌイの葛藤の記録です。『私は信念も祖国も諦めない』と主張し続けて殺されたナワリヌイの無念を想像すると、胸を衝かれます」
聞き手/程原ケン
「週刊実話」12月5・12日号より
星 薫子(ほし・にほこ)
翻訳家。早稲田大学第一文学部卒。通信社勤務、雑誌編集、コピーライティングを経て、翻訳家に。主な訳書にナルゲス・モハンマディ著『白い拷問』(講談社)など。