現在、実写ドラマが放送され注目を集めている『ゴールデンカムイ』。同作には多くの名場面がありますが、ちょっとしたアイヌ文化の知識があると、より深く楽しめるようになることは間違いありません。
今回はドラマの随所で登場する、アイヌの「チセ」(家)に注目します。実は、「家の中のどこに座るか」や「物をどこに置くのか」など、アイヌには細かな決まりごとがあり、『ゴールデンカムイ』ではそうしたルールまで忠実に描いているのです。
同作でアイヌ語監修を務めた中川裕氏による新書『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』より一部を抜粋してお届けします。
家の中で「誰がどこに座るか」は細かく決まっている
日本の古い家屋でもかつてはそうだったと思いますが、アイヌの家では誰がどこに座るかが決まっていました。『ゴールデンカムイ』6巻49話には、キロランケの家を杉元やアシㇼパたちが訪問した時の光景があり、画面の左の方が入口になります。
入口から見て囲炉裏の左側の奥にキロランケが、手前に奥さんが座っています。どこの家でもこれが家の主人と主婦の定位置です。こちら側をシソ「右座」といいます。
アシㇼパがいる側がハㇻキソ「左座」です。ここは子供たちの座る席です。男の子が奥の方、女の子が入口側の方に座ります。そして、普通はお客さんもこの左座の方に座ります。
アシㇼパの右に立っている子は女の子に見えるかもしれませんが、男の子と女の子の髪型に違いはありませんので、どっちだかわかりません。男の子だとすれば、アシㇼパより奥にいるのも不思議はありませんし、アシㇼパはこの家ではお客さんということで、お客さんの定位置にいるのかもしれません。
杉元と白石が座っている囲炉裏の奥側の席は、ロルイソあるいはロルンソ「横座」といって、長老格の人が座る場所であり、夫婦と子供たちだけの場合はここには誰も座りませんし、普通の客もここには座りません。勧められもしないのに客がここに座ったら、へたをすると追い出されます。特別なお客さんの場合にだけ通される席なので、杉元と白石は特別待遇ということですね。
右座も左座も横座に近い方が上座です。そして男性は上座側に、女性は入口に近い下座側に座ることになっていました。
8巻73話ではアシㇼパがフチのお姉さんの家を訪れていますが、ここではフチのお姉さんが家の主人の席に座っていて、アシㇼパが奥さんの席にいます。親戚なのでホスト側の席に座っているということでしょう。そして杉元と白石が通常のお客さんの席に座っていて、キロランケが特別待遇ということですね。
こんなふうに、座る場所だけでその人がその状況でどのような立場にあるのかがわかります。
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カムイが出入りする「神窓」と輸入品を置く「宝壇」
この横座の奥にはロルンプヤㇻ「神窓」と呼ばれる窓があり、普段は閉まっています。ここはカムイが出入りする場所と考えられており、熊や鹿を獲ったらその肉はこの窓から中に入れますし、カムイを祀るトゥキ「杯」やイナウ「木幣」なども、ここから外に出します。
熊を獲った時には、神窓の下に熊の頭を安置します。当然、熊の霊魂は入口の方を向くことになりますので、そこから見た右左が座席の名前になっています。だから入口から見た時に、右側が「左座」、左側が「右座」になっているわけです。
ちなみに、5巻44話で、尾形が「あの家は出入り口が一箇所、窓が三箇所」と言っていますが、同じ地域ではどの家も同じ作りなので、どの家であれ窓や出入り口の位置は同じです。
神窓は普段閉めていますので、入口も開いている窓も全部同じ方向に向いていることがわかりますね。そうやって風が家の中を吹き抜けることがないようにしているわけです。
右座と左座では右座の方が上座、同じ側では入口に近いところより横座に近い方が上座です。したがって、家の中で一番の上座は、神窓側の右座寄りということになります。
地域によって家の向きは違いますが、平取(びらとり)などの沙流(さる)地方や白老(しらおい)地方の家では東北隅がここにあたり、チセコㇿカムイ「家の守り神」という大型のイナウが据えられています。沙流地方では1体ですが、白老では3体がセットになっています。
6巻50話の扉絵で、谷垣の頭の右上あたりの家の隅に、何かもしゃもしゃっとした感じのものが3つ描かれていますが、これは北海道博物館に展示されている白老の家をモデルにしたもので、右からチセコㇿカムイ、イソプンキヨカムイ「漁猟の守り神」、イレスプンキヨカムイ「育児の守り神」の順に並べられています。
また、そのあたりの壁際には、シントコ「行器(ほかい)」やパッチ「鉢」などの、和人から手に入れた漆器類を並べ、壁にエムㇱ「太刀」やイコㇿ「宝刀」を下げます。
これらの品々が宝物であるのは、これらがすべて輸入品だからです。アイヌは自分たちの手で作れないものを宝物と考えていました。この宝物を積み上げたところをイヨイキㇼ「宝壇」やイモマ、イヌマなどと呼びます。6巻50話の谷垣の後ろや、5巻44話でフチの後ろに見えているのが、このイヨイキㇼです。裕福な家ではこれが二重にも三重にも積み上がって、大層立派な作りになっています。