Xには過激な画像と米国批判が…(薛剣氏のXより)
《他国への戦争を唯一の得意技にしている米国様を何とか制御しなければ、この世界は救いようがない》
「アンクル・サム」(=アメリカ合衆国政府を擬人化したキャラクター)が、ウクライナ国旗が掲げられた無数の墓を掘っている――。
そんな画像とともに、アメリカの対外政策や、ウクライナ戦争への関与に対する否定的な意見をXに投稿しているのは、駐大阪中国総領事・薛剣(せつ・けん)氏である。
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トランプ氏が勝利した米大統領選から2週間後の11月20日、戦狼と称される母国の方針なのだろうか、外交官として駐在している国の同盟国を批判する現役総領事。その堂々たる“草の根”外交ぶりは、昨日今日始まったことではなく、2年前の着任後から、中国ウオッチャーのあいだで関心を集めていた(11月25日現在フォロワー数8.3万人)。
そこで、大阪愛を感じさせる吉本新喜劇ばりのお約束ぶりと即興性に、小弟(著者)のXアカウントから、《もはや鉄板ネタ化している、現役中華人民共和国駐大阪総領事の米国様ポスト》とリポストしたところ、薛氏から「いいね」を頂戴した。
中国脅威論は米国の捏造と批判(薛剣氏のXより)
じつは、薛氏、「アンクル・サム」の5日前にも、こんな投稿をしている。
《長期に亘って中国の国家安全を始めアジアの平和と安全脅かしているのはこの地域に巣を食っている米国様だ。所謂『中国脅威論』は米国様等が捏造・拡散している便宜な作り話に過ぎない。(後略)》
中国(赤色)を取り囲む米軍基地(黄色)とその数の画像付き。
「便宜(べんぎ)」という日本語は「ある目的や必要なものにとって好都合なこと」「特別な計らい、そのときに適したやり方」というプラスの意味があるが、中国語では「(値段が)安い、安価である」という意味に加え、「ちっぽけな利益、うまい汁、目先の儲け」というセコさを表す。
「衆院選比例は『れいわ』とお書きください」で国際問題に
衆院選ではウィーン条約も無視(薛剣氏のXより)
つまるところ、母国への脅威論は「米国様等が捏造・拡散している」セコい作り話であると揶揄しているとも理解できる。
ところがこの投稿、なぜか、拙稿執筆時点で削除されてしまっている。
この薛氏、先の衆院選では、れいわ新選組への投票をXで呼びかけていた。
山本太郎代表の街頭演説の動画を引用(リポスト)しながら、
《全国どこからでも、比例代表の投票用紙には『れいわ』とお書きください》
《どの国も一緒だけど、政治が一旦歪んだら、国がおかしくなって壊れ、特権階層を除く一般人が貧乏となり、とうとう地獄いきなんだ》
とエンジン全開だった。
あいかわらずの鉄板ネタ披露ぶりに、当時のSNS界隈はザワついていたのだが…。
外交関係に関するウィーン条約では、『外交官は接受国の国内問題に介入しない義務を有する』と定めている。
要は薛氏アウト~なのである。
日本政府側は11月22日、松原仁・元拉致問題担当相が提出した質問主意書を受けて、この投稿を「極めて不適切」とする答弁書を閣議決定。中国側に対し投稿の削除を申し入れ、投稿はあえなく削除された。
しかし、その後の薛氏自身によるフォローがすごい。
問題になった“衆院選介入ポスト”を削除した直後に、Xユーザーからの《れいわは中国にも米国にもつかないと言っています。中立の立場で平和外交をすると。ネットって怖いです》という指摘に、我が意を得たりとばかりに、《#どんどん拡散してほしい!!!》と前置きしながら、《正直、れいわには好感情を一切持っていない。寧ろ反感の方がより大きい。申し訳のないぐらいのストレートな言い方だが、一部の人達による私達へのとんでもない誤解・妄想・曲解を正すためには、こう言わざるを得ない》と投稿で返信した。
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X炎上に負けないストロングスタイル
(薛剣氏のXより)
このやり取りを目にしたであろうXユーザーから《貴方の発言は日中関係を悪化させてる。もう少し慎重にSNSを利用したほうがいい。ここは中国ではない》と冷静にたしなめられると、《ご心配は分からないわけでもない。ありがたく思う。お互いに尊重し合い、合意したルールに従ってやれば、両国関係が無難に前へ進み、双方にも等しく安寧と実利をもたらす。逆になったら、どっちの為にもならない。これは私だけでなく、双方の全ての関係者の皆さんが確りと心に銘記するべきことだろう。『敬隣永安』是也》と投稿。
薛氏自らの外交理念「隣国同士で敬い合い友好関係を保つ」という意味をもつ四字成語で締めくくり、手のひら返しの火消しどころか、あえて自ら油を注いでいるかのような返信をした。
外交のリアルさや真剣さを重視しながら、独自の哲学さえ感じさせる――プロレスでいえばストロングスタイルといったところだろう。
1日に何十ものポストを投稿する働き者の薛氏だけに、説得力を持たせるよう慎重に組み込まれたフィニッシュホールド(必殺技)を温存しているかもしれないが、炎上から立ち上がる姿やどんなに痛めつけられても反撃する精神力で、これ以上、日中関係を揺さぶらないで欲しいものだ。
文/北上行夫
北上行夫(きたかみ・ゆきお)
ジャーナリスト。香港メディア企業ファウンダー。2001年より日系コンサルタント会社やローファーム向けに中国本土を含むASEAN販路開拓業務に従事。香港人/日本人/大陸人/華僑の不条理に挟まれ20年余、2018年より日本支社プロジェクトマネージャー。2023年より中華圏マーケット調査&ライターが集う「路邊社」に参画。テーマはメディアが担う経済安全保障。X(旧Twitter):@KitakamiYukio