独特の声質と波動。ユーミンの歌声が時代も世代も超えて、心に刺さる理由

感情を抑えて歌うほうが、物語は伝わる

――間近なところからずっと見てきて、ユーミンのシンガーとしての魅力はどこにあると思いますか? そもそもユーミンはソングライター志望で、歌うことには消極的だったんですよね。

武部 最初はそうですね。作曲家を志望していて、アルファレコードに楽曲を持ち込んで。同時代に周辺にいた方々、吉田美奈子さんや大貫妙子さん、矢野顕子さんといった方々はみんな、作家としても、シンガーとしても個性的です。

そのなかでユーミンにとっては、作家としての個性のほうが大事だったのかもしれません。でも自分が作る曲の世界観は自分の声でないと表現できないと、どこかで気づいたんでしょう。自分が紡いだ物語や切り取った世界は自分の声がいちばんフィットするんだって。

すごく失礼な言い方をすれば、ユーミンは歌唱力でねじ伏せるようなタイプではありませんよね。でも彼女の声には波動みたいなものがあって、その声で聴くからこそ刺さる部分が確実にある。

『ひこうき雲』をもっと歌いあげるタイプのシンガーが歌ったら、ああいう響き方はしないと思うんです。ユーミンのように無機的で、暑苦しくない温度感の声質で歌われたとき、聴く人はあのストーリーに感動するんじゃないかな。

――武部さんは著書『すべては歌のために』(リットーミュージック、2018年)のなかで「ひと声出しただけで世界が変わるような声で歌う人が好き」と書かれていて、その代表例としてユーミンの名前を挙げています。

武部 そこがユーミンの魅力ですよね。シンガーという点で考えるなら、独特の声質を持っていること、それに声に独特の波動があること。そのバイブレーションが聴いている人に伝わったとき、曲の説得力が増すんだと思います。

――ユーミンの声や歌、そのスタイルは、キャリアを通じてどう変化してきましたか?

武部 80年代に一緒にステージをやるようになったころは、もっと力業というか、叩きつけるようなソリッドな歌い方でしたね。でも年齢とともに、包容力みたいなものや温かさみたいなものがだんだん増してきたと思います。だから同じ曲でも、当時の歌い方といまの歌い方では、全然別の聴こえ方がするかもしれないです。

――武部さんにとって、ユーミンのシンガーとしての魅力がよくわかる曲は何ですか?

武部 何だろう、いっぱいありますよね。その年代ごとに代表曲があると思いますけど、荒井由実時代なら『ひこうき雲』や『やさしさに包まれたなら』はユーミンの声ならではでしょうし、『中央フリーウェイ』なんかもそうですね。

松任谷由実になってからは、僕が個人的に好きなのは『夕涼み』みたいな曲。『守ってあげたい』の、自分で重ねているコーラスもユーミンならではです。ほかの人が同じように重ねても、ああはならないはずですから。

僕が大好きなのは『NIGHT WALKER』ですね。あまりエモーショナルにならずに、感情を抑えて歌っている歌い方のほうが僕は好きです。それがユーミンの魅力だと思います。

物語に入り込んで、歌いながら自分で感動して泣いちゃう人がたまにいるじゃないですか。でも感情移入を抑え気味にして歌ったほうが、物語は伝わる気がするんです。ユーミンの場合はそうですね。

だからそういうクールな歌い方をしてる曲のほうが、僕は好きなのかもしれない。そのタイプの曲はほかにもたくさんありますけど、『Hello, my friend』も暑苦しく歌ったら、まったく別の曲に聴こえてしまうでしょうね。

――歌い手が感情を煽るのではなく、あくまで聴く人のなかに感情を広げていくというような歌い方ですね。声と歌詞の相性も何か関係していますか?

武部 前にユーミンが「自分の声が好きじゃないと歌えないよ」って言っていたことがあるんです。だからユーミンは自分の声がいちばんよく聴こえる歌詞を選んでいると思います。

ユーミンが特殊なのは、後から歌詞を書いてますからね。曲を書いたあと、アレンジにインスパイアされるなど、ある程度制作が進行してから歌詞を書くので、歌詞とサウンドもすごくマッチしているんです。

(広告の後にも続きます)

自己管理を怠らない、徹底したストイックさ

――ユーミンは今年デビュー50周年を迎えましたが、これまでのお付き合いを通じて印象深いことは何ですか?

武部 僕が音楽監督をやるようになってから、アリーナツアーをやったり、ロシアのサーカスとコラボレーションした「SHANGRILA」をやったりとか、ステージはどんどん巨大化していきましたけど、その一方で苗場みたいな小規模な場所でも毎年ライブをやってきました。

要するにCDをリリースしない年はあっても、ライブをやらなかった年はないわけです。それだけユーミンはライブに重きを置いてきたんですよね、自分の活動のなかで。

だからどんなに体調が悪くても、コンサートを飛ばしたことは1回もありません。例えば本編で足をくじいて、どれだけ激痛があったとしても、アンコールはそのままやりますから。

――「38度までは平熱」とユーミンが言っているのを、インタビューで読んだことがあります。

武部 だから、いわゆるショービズに対する心構えというか、気迫みたいなものかな、それはすさまじいものがあると思いますね。その日、ステージを見にきたお客さんたちに、ちゃんと納得して帰ってもらう。そのためにステージでは毎回全力投球する。

決して手を抜かないし、そのときのベストを尽くす。これだけ長いあいだ一緒にやってきても、それはいまだに変わらない姿勢です。

直近の「深海の街」ツアーでも、誰よりも早く会場に入って、決められたウォーミングアップのメニューをこなして、歌う前日には絶対にお酒を飲まない、一滴も。

そういう徹底した自己管理を怠らないんですよね。ストイックという言葉は彼女のためにあるんじゃないかと思うくらいストイックです。それが50年も続けてこられた、ひとつの要因でもあると思います。

構成・文/門間雄介  撮影/野﨑慧嗣

吉田拓郎の歌詞を語りのように伝えるパワー。秘訣は独特の「譜割りの崩し方」にあった はこちら