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「入院」と聞くと深刻に考えてしまいがちだが、人によって入院理由や症状はさまざまで、中には「なんで入院しているの?」と首をかしげたくなるような元気な患者さんもいたりする。

栃木県内の総合病院に入院していた安塚政子さん(仮名・50代)がまさにそうだった。

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「安塚さんは、糖尿病の教育入院でした。食事や生活指導が中心で特別な治療も行動制限もなかったからヒマだったんでしょうね。院内をうろうろしたり、他の病室に顔を出したりして、いろいろな患者さんと絡んでいました」(病棟看護師A子さん)

社交的な性格らしく、誰とでもすぐに親しくなる安塚さんは、見舞い客が少なかったり、ホームシックになったりしてふさぎ込んでいる患者さんにも積極的に話しかけるなど、あっと言う間に病棟のムードメーカーになっていったという。

「自分のベッドが温まるヒマがない、というくらいあちこちに出没していましたね。病棟のスタッフは『しょうがないなあ』みたいな感じで見守っていたのですが、他の患者さんからのタレコミで、安塚さんが患者さんを相手にサプリメントのセールスをやっていたことが分かりました」

安塚さんが扱っていたのはネットワークビジネス(マルチ商法ともいう)で有名な某社のサプリメントだったという。

「相談に乗ったり心配するフリをして、患者さんから『どんな病気でどんな治療を受けていて、今どんな状態か』みたいなことを聞き出し、その情報を元にそれぞれ違うサプリメントを勧めていたようです。安塚さんに対して『親身になってくれる』とか『面倒見が良い』みたいなイメージを抱いていた方が多かったので、言いくるめられて買った人が結構いたみたいです」

ワラにもすがる患者に次々セールス

ちなみに、タレコミの主はサプリメントの購入を拒否した人だったという。

「安塚さんがパンフレットを見せてきた時にマルチだと分かって相手にしなかったと言っていました。言い方は悪いですけど、あれって半分詐欺みたいなものじゃないですか? それを入院患者さんに勧めるなんて、心と身体の弱みに付け込んだ悪質なやり方ですよね」

さらにA子さんを呆れさせたのは、政子さんのうたい文句が「病院要らず」だったこと。

「入院患者さんの中には治療方法に疑問を抱く人が少なからず存在しますし、ワラにもすがる思いで回復を願っている方もいるわけですよ。そんな人に医療を否定するようなことを言って、医学的根拠のないサプリを特効薬かのように説明して売りつけていたんです。『より効果的』だとか『これなら確実』などと煽って、定期コースを契約させたり、栄養ドリンクやスープなども一緒に売りつけていたようです」

病院側から厳重注意を受けた安塚さんは「良かれと思ってやったのに詐欺師扱いされた!」と憤慨し、10日間の予定だった入院を2日早く切り上げて強引に退院してしまったという。

その後病院に一切顔を出さなくなったという安塚さん。

「定期受診も投薬も無視していますね。自己責任なので本人がどうなろうと知ったことじゃないですけど、サプリを購入した患者さんから病院に苦情が来ているんですよ。皆さん、返品や解約をしたいのに安塚さんと連絡がとれないで困っているみたいです。入院の際には保証人とか緊急連絡先を聞いていますので『それを教えて欲しい』と詰め寄られたりもするんですけど、さすがに個人情報なのでできません。『だったら代わりに連絡を取って欲しい』とも言われますが、それは病院の管轄外です」

「このままでは病院の責任問題に発展しかねない」として、病棟スタッフは頭を抱えているという。

取材・文/清水芽々

清水芽々(しみず・めめ)
1965年生まれ。埼玉県出身。埼玉大学卒。17歳の時に「女子高生ライター」として執筆活動を始める。現在は「ノンフィクションライター」として、主に男女関係や家族間のトラブル、女性が抱える闇、高齢者問題などと向き合っている。『壮絶ルポ 狙われるシングルマザー』(週刊文春に掲載)など、多くのメディアに寄稿。著書に『有名進学塾もない片田舎で子どもを東大生に育てた母親のシンプルな日常』など。一男三女の母。