『ドリーム・シナリオ』(11月22日公開)
大学教授のポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)は、妻(ジュリアンヌ・ニコルソン)と2人の娘と一緒にごく平凡な暮らしを送っていた。だがある日突然、何百万人もの人々の夢の中にポールが一斉に現れたことから一躍有名人となる。
メディアからも注目を集め、夢だった本の出版まで持ちかけられて有頂天のポールだったが、ある日を境に夢の中のポールが人々にさまざまな悪事を働くようになり、現実世界の彼も大炎上してしまう。自分自身は何もしていないのに人気者から一転して嫌われ者になったポールは果たしてどうなるのか…。
このところ『ボーはおそれている』『関心領域』『シビル・ウォー アメリカ最後の日』といった問題作を連作しているA24の製作映画。『ミッドサマー』(19)のアリ・アスターが製作に名を連ね、『シック・オブ・マイセルフ』(22)のクリストファー・ボルグリが監督・脚本を担当した。
大勢の人々の夢の中になぜポールが現れたのかについての理由は一切説明されない。それ故、ポールが抱く困惑や恐怖が強調される。また、この上ない不条理な状況に陥っていくボールの姿を通して、インターネットミームの功罪や、群集心理の恐ろしさを感じさせるあたりがユニークだ。
ケイジは、人一倍の承認欲求はあるものの、主体性がなく風采も上がらないポールという“一人の人物”を演じているのだが、ポールはいろいろな夢の場面に現れるので、こちらはケイジが一人で何役も演じているような錯覚に陥る。このあたりは映像のトリックをうまく利用している。
『ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄』(15)でケイジにインタビューした際に、B級アクションやホラー映画が好きなのかと尋ねると、「ホラー映画は本質的に創造力にあふれたジャンルだと思っているから僕にとっては特別なもの。個人的には超自然現象や幽霊が出てくるようなチャーミングなホラーが好き。SFにはとても興味がある、なぜならSFの形を借りて今という時代の社会や世界についていろいろなことを語ることができるからだ」と答えた。
また、幅広い役柄を演じ分けるコツについては、「僕にとっては興味や多様性を持ち続けることが必要なので、広範囲にわたる役柄を演じている。一つの役柄を演じ続けたり、同じタイプの映画に出演し続けることがないようにしている」と語った。
プロデューサーも兼ねているこの映画は、彼のそうしたポリシーを如実に反映しているともいえるだろう。怪優ニコラス・ケイジの面目躍如の映画だ。
『ザ・バイクライダーズ』(11月29日公開)
1965年、シカゴ。不良とは無縁の日々を送っていたキャシー(ジョディ・カマー)は、けんかっ早くて無口なバイク乗りのベニー(オースティン・バトラー)と出会って5週間で結婚を決める。ベニーは地元の荒くれ者たちを束ねるジョニー(トム・ハーディ)の側近でありながら群れることを嫌い、狂気的な一面を持っていた。
やがてジョニーの一味は「ヴァンダルズ」というモーターサイクルクラブに発展し、各地に支部ができるほど急速に拡大していく。その結果、クラブ内の治安は悪化し、敵対するクラブとの抗争も勃発。暴力とバイクに明け暮れるベニーの危うさにキャシーが不安を覚える中、ヴァンダルズで最悪の事態が起こる。
アメリカの写真家ダニー・ライアンが1965~73年にかけてシカゴのバイクライダーの日常をとらえた同名写真集にインスパイアされた作品で、伝説的モーターサイクルクラブの栄枯盛衰を描く。監督・脚本は『MUD マッド』(12)『ラビング 愛という名前のふたり』(16)のジェフ・ニコルズ。
ノスタルジックな雰囲気があるこの映画は、60年代のバイクカルチャー(バイク、ジャケット、ブーツ、ワッペン、酒とたばこ、ロック、リーゼント、そして写真…)に興味がある人にはたまらないものがあるだろう。
だが、たとえそうでなくても、ライダーたちの群像劇として楽しめるし、その中から、失われた時代への郷愁や、リーダーの存在、組織を運営する難しさなどが浮かび上がってくるところが面白い。
そのアウトローたちについて、女性であるキャシーがインタビューを受けながら、一歩引いた目で当時を振り返るという構成もユニーク。ハーディやバトラー、マイケル・シャノンらの渋い演技も見ものだ。
(田中雄二)