純粋でささやかな鏑木の願いが、強く胸に突き刺さる『正体』など週末観るならこの3本!


週末に観てほしい映像作品3本を、MOVIE WALKER PRESSに携わる映画ライター陣が(独断と偏見で)紹介します!
MOVIE WALKER PRESSスタッフが、いま観てほしい映像作品3本を(独断と偏見で)紹介する連載企画「今週の☆☆☆」。今週は、染井為人の同名小説を映画化したサスペンスドラマ、つげ義春の同名短編を原作とするラブストーリー、インド人バレエダンサーの半生を描くドキュメンタリーの、個性豊かな3本。

■“5つの顔”を持つ逃亡犯を生々しく体現…『正体』(公開中)


【写真を見る】“5つの顔“を持つ逃亡犯、鏑木(『正体』) / [c]2024 映画「正体」製作委員会
『青の帰り道』(18)、『ヴィレッジ』(23)、Netflix『パレード』(24)などでタッグを組んできた、藤井道人監督と盟友の横浜流星。ともに着実に進化し、ますます勢いに乗る2人が満を辞して放つ本作は、染井為人の同名小説をリアルに、スリリングに映画化したヒューマン・サスペンス。

日本中を震撼させた凶悪な殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木慶一(横浜)が、ある夜、脱走を成功させる。刑事の又貫(山田孝之)は自分が逮捕した死刑囚の行方を追うが、潜伏先の大阪、東京、長野の諏訪で彼と出会った日雇い労働者の和也(森本慎太郎)、編集者の沙耶香(吉岡里帆)、介護士の舞(山田杏奈)が証言する鏑木と思われる男の容姿はそれぞれ全く違っていて…。

横浜が巧みな変装を繰り返す、“5つの顔”を持つ逃亡犯を生々しく体現。髪型や服装だけではなく、物腰や息遣い、声の出し方や眼差しの強度までが異なる、観客をも欺くその変貌ぶりにまずは驚かされるが、それだけではない。又貫に追い詰められた鏑木が、潜伏先のマンションのベランダから飛び降り、実際の街を全力で駆け抜け、橋から川に飛び込むまでをワンカットのように見せる一連では、横浜の身体を張った必死のアクションと、藤井監督のダイナミックな演出に息をのむ。

夏と冬を股にかけた3つの舞台を移動するスケールの大きな展開や、現在と過去をシームレスのように見せるこだわりの撮影も観る者をザワつかせるが、緊張感が最後の最後まで途切れないのは、鏑木の行動心理が謎に包まれているからだ。彼はなぜ、そこまでして逃げ続けるのか?目的は何なのか?そのすべてが明かされるクライマックスの横浜流星の表情こそが最大の見どころ。純粋でささやかな鏑木の願いが、強く胸に突き刺さるに違いない。(映画ライター・イソガイマサト)

■成田の何者でもない、カメレオンのような作品への親和性に舌を巻く…『雨の中の慾情』(公開中)


成田凌、中村映里子、森田剛がメインキャストを務める『雨の中の慾情』 / [c]2024 「雨の中の慾情」製作委員会
次々と衝撃的な作品を世に送り続ける片山慎三監督の新作はオープニングから期待を裏切らない。漫画家つげ義春ならではのシュールな世界観が監督の手によって実写化されることで、怒涛の情報量のとてつもない展開に。気づくと誰も見たことのない複雑怪奇なラブストーリーに巻き込まれている。モテない男、憧れの女性、その情夫を演じるのは成田凌、中村映里子、森田剛。

彼らの三角関係を起点に観客は何度も騙されては救われ、信じては落とされ、気持ちいいほど、裏切られてゆく。成田の何者でもない、カメレオンのような作品への親和性に舌を巻く。昭和の日本を思わせる懐かしい風景でありながら、異国情緒あふれるムードを漂わせている、ロケ地である台湾の嘉義市の魅力も存分に活かされている。怖いようで何度も見てみたい、何とも言えない余韻が残る。(映画ライター・高山亜紀)

■実話であるという驚きに満ちている…『コール・ミー・ダンサー』(公開中)


遅咲きのダンサー、マニーシュの姿を追う『コール・ミー・ダンサー』 / [c]2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
特別、凝った作りではないが、終始目が釘付けになるのは、当の本人の人柄やフォトジェニックな魅力はもちろんのこと、鳥肌が立つ彼のダンスの魔力、そしてこれが実話であるという驚きに満ちているから。各国の映画祭で多数の賞を受賞した本作は、インドのスラム地区で生まれ育ったマニーシュが、プロのダンサーとして活躍するようになるまでを追ったドキュメンタリーだ。

奇跡のサクセスストーリーと分かっていても、彼に密着、その時々のリアルな感情が焼き付いているだけに、“もう後がない”と我々も本気で胃がキリキリしたり胸が圧迫されたり。18歳でアクロバティックなブレイキンに目覚め、21歳でクラシックバレエをはじめるという“遅すぎるスタート”を乗り越えられた影には、特別レッスンを与え続けるバレエ教師や、援助してくれたパトロンとの出会いというLuckに恵まれたからでもあるが、なによりも本人の情熱と努力と自分を信じる力ゆえ。それこそが才能を開花させる鍵であり、常識では考えられない奇跡を引き起こし得たのだと、ガツンと観る者の目を覚ましてくれる。バレエ教師イェフダとの関係性、彼がマニーシュをアメリカに送り出す時に溢れだす感情、その表情や言葉も必見!カラフルで混とんとしたインドの庶民地域の生活風景、家族関係やインドならではの家族観、貧富の差など、国と文化の違いも実に興味深い。監督は自身もダンサーだったレスリー・シャンパイン。(映画ライター・折田千鶴子)

映画を観たいけれど、どの作品を選べばいいかわからない…という人は、ぜひこのレビューを参考にお気に入りの1本を見つけてみて。

構成/サンクレイオ翼