ウナギのゼリー寄せからサマープディング、フィッシュ&チップスまで。イギリスの「階級料理」を喰らいつくす! 怒れる3人組〈コモナーズ・キッチン〉に注目

読者は「学ぶ義務がある」か? 

〈イギリスの朝食には、とくにスコットランドの影響が強く見られる。スコットランド人は、イングランド人、ウェールズ人、アイルランド人よりもどっさり朝食を食べる。彼らは、冬の朝、たくさんのポリッジ(オートミール)と、バップと呼ばれる朝食用の柔らかなロールパンをいくつも食べ、紅茶を何杯も飲む。紅茶にウイスキーを入れることもある。ポリッジは、スコットランド人の先祖であるケルト族が考え出した料理である。今日イギリス人が朝食に、にしんのくん製やマーマレードを食べるのも、スコットランドの影響である(…)

かつてイギリスでは何世紀もの間、朝食の内容は変わらなかった。中世の大金持ちたちは、寝るときはちゃんとナイトシャツに着替えたし、シーツも上下に2枚使い、起きたいときに起きればよかった。彼らの朝食は、上等のパン、ゆでた牛肉と羊の肉、塩漬けのにしん、そしてビールか、ワインだった。ただし、国民全体の食生活がこうだったとはいえない。いつの時代でもイギリスでは、社会的、経済的な階層がはっきりと分かれているため、階層が異なると、食生活の習慣も違った。

貧しい人びとは、わらの上に着のみ着のままで眠り、夜明けとともに起きてありあわせのものを腹に詰めこんだ。パンは欠かさず食べた。ふところに余裕があれば、塩漬けの豚肉かベーコンをひと切れと、ビールの1杯も飲み、金曜日は魚を用意した。この肉とビールを中心にした食事は、500年以上もつづいた〉【4】

ベイリーの記述がどこまで正確なのかは分からないが、極端に資本家的な歴史観でも、ファシスト的な感性でもないような印象だ。「イギリス料理は不味い」という〈常套句〉は文字通り「常套句」なのだから、「貴様らには学ぶ義務がある」とにじり寄るだけでなく、「歴史を喰わせるため」に提示される料理の、そのレシピ開発の過程をこそ見せてほしかった。コモナーズ・キッチンの思考回路を辿れるなら、面白いに決まっているからだ。

言わずと知れたフィッシュ&チップスなどと書くと、また彼らに叱られそうだが――同書のレシピでは、薄力粉とコーンスターチ、それにベーキングパウダーとビールを混ぜた生地に魚を浸けている。

他方、ベイリー『イギリス料理』の生地は小麦粉に卵、牛乳、そしてビール。イギリスに住んでいたこともある料理研究家、大原照子のレシピも同様【6】だ。

頭でっかちの知識として、卵の代わりにベーキングパウダーが使われていることは分かるが、なぜコモナーズ・キッチンは卵を使わなかったのか。同書が繰り返し強調している、ひとりひとりの〈境遇〉や〈気を配らねばならない事柄〉に即して、「レシピの理由」があってもおかしくはないはずだ。

ユニットのひとり、ミシマショウジが作るパンには「ヴィーガン」と冠された商品もあったので、卵や牛乳を使っていないのはそうした理由からなのだろうか。違う気もするが、書かれていないので分からない【7】。コモナーズ・キッチンは、まだ自分たちの魅力を自覚し切れていないのではなかろうか。

文/藤野眞功

【1】「舌の上の階級闘争」より、引用。

【2】「英国フード記AtoZ」より、引用。

【3】エイドリアン・ベイリー『イギリス料理』(日本語版監修:江上トミ/タイム ライフ ブックス)

【4】註3「イギリス料理」より、引用。

【5】「舌の上の階級闘争」より、引用。

〈(…)そもそも「イングリッシュ」である~言うかのようである〉(118頁)と〈伝統的な~食べることなどなかったのである〉(120~121頁)は、前後を転倒させている。

【6】大原照子『私の英国料理』(柴田書店)

【7】「舌の上の階級闘争」には、下記の記述がある。

〈「フィッシュ」の衣には、薄力粉にベーキングパウダーやコーンスターチを加えたものが使われる。日本ではしばしば「魚フライ」と訳されるが、英語の‘fry’が「熱した油で調理する」程度の意味しかないのに対して、カタカナ語としての「フライ」が食材に小麦粉、卵、パン粉を付けて揚げる料理(法)を指す言葉として定着しているという厄介な事情があるため、「フライ」というとあらぬ誤解が生まれてしまう〉

本文のこの記述と整合性をつけるために「卵」を使用しなかったのだろうか。パン粉は分かるが、類書ではおよそ卵が使われているので、説明がないことに違和感を持った。