ホースだらけの水冷サーバーが行きつく先は……【道越一郎のカットエッジ】

 人間の臓器のうち、最もエネルギー消費が多いのは肝臓だという。およそ3割弱を占めるそうだ。酒を飲めば飲むほど肝臓が活発に働き、体重が減っていく……なんてうまい話は、まあないだろうが。その次が脳。2割弱を占めるという。脳を使えば使うほど痩せるという話は、実際あるようだ。痩せるには、頭を使う運動をするのが一番効果的なのかもしれない。高ぶった気持ちを静める時の慣用句として「頭を冷やす」という言葉を使う。興奮して熱を帯びた頭を冷却して暴走を止めるということだ。まるでPCの冷却のように。
 PCを冷やすには、昔は自然空冷で十分だった。一番熱を帯びるCPUにアルミの放熱板を取り付けるだけ。CPUの集積度が上がるにつれ、ムーアの法則通りに計算能力が向上。次第に放熱器にファンをつけて強制空冷する必要が出てきた。今でも主流はこの強制空冷だ。ただ、冷却する場所は増えた。CPUにとどまらず、電源ユニットにメモリ、GPUと、いろんなものを冷やさなければならない。大げさに言えば、地球温暖化の主犯はCO2ではなくPCの発熱ではないか、と疑いたくなるほどに熱くなった。この発熱を暖房に利用しようとするサーバーも実際あったくらいだ。しばらく前のCESでも大真面目に出展されていた。

発熱を暖房にも利用できるサーバー

(CES 2017)

 まだ自然空冷で十分だったころ、PCに水冷システムを導入したという記事を、パソコン雑誌で読んだ記憶がある。確か「月刊アスキー」だった。当時、大笑いしながら読んだものだ。「車でもあるまいし、たかがパソコンの冷却に水冷なんて」と。その記事自体も、まじめに水冷に取り組んでいる「体」をとってはいたものの、ある種のシャレとして水冷に挑戦したものだった。仰々しい水冷システムがさらに笑いを誘った。しかし……。今や水冷PCは珍しくない。秋葉原で普通に水冷キットを買うこともできる。きれいに組み込んだ水冷システムは見栄えがいい。ある種のあこがれの存在でもある。PCの水冷は、実用性もさることながら趣味的な要素も大きい。

水冷システムをうまく組み込んだPC

(COMPUTEX TAIPEI 2024)

 しかしサーバー、つまり「ガチの世界」でも水冷化は進みつつある。例えば、レノボがIBM時代から引き継いだサーバーの水冷システムは、現在6世代目。「Neptune」という名前がついている。最新のシステムでは、サーバーラックにファンは必要なく、すべて水冷で賄える。ファンがないので、サーバールームはとても静かになるという。CPUやGPU、メモリなど、冷却が必要な部品の上や周りを銅管が囲み、その中に水を通して冷やす。サーバーラックの裏側を覗くと電線で一杯、ではなく冷却ホースで一杯。もはやなんの機械か分からないほどだ。サーバーで温められた水は、熱交換器を経て屋外の冷却装置につなげ放熱する仕組みだ。こうした強烈な冷却システムはAIの普及を見越してのものだ。

レノボの水冷サーバーシステム「Neptune」

 AIは、ついに実用段階に入ってきた。何かの問い合わせメールにAIが対応して自動返信、そのメールをAIが読み取り自動返信……みたいな世界は、もう目の前だ。誰もが手軽にAIを使えるようになり、今後、人々がコンピュータに依存する度合いはますます高まっていく。AIは素晴らしいツールだが、人間の脳に近づき追い越していく段階で、脳と同じく大きなエネルギーを消費し発熱するようになる。海の底にサーバーごと沈めて冷却する、などという、究極の水冷プロジェクトも実際あったりした。近い将来、各家庭のベランダに、エアコンの室外機と水冷コンピュータの室外機が、並んで設置される日が来るかもしれない。しかし、その程度の対策では収まらないだろう。

サーバーラックの裏側は、冷却ホースで一杯だ

 乗り物を使った人間の移動やモノの生産には時間的制約や物理的限界がある。コンピュータが情報を自動生成するにあたって、限界は電力と熱。例えば新幹線。移動する人の数は限られているから、おのずと走らせる本数は決まってくる。一方、コンピュータが生成する情報に限度はない。容量や通信スピードに限界はあっても、常に拡張し続ける宇宙のようなもの。際限がない。電力が続く限り、熱くなりすぎて壊れない限り動かし続けることができる。スピードも速くなっていく。じきに、これまでにないほどの大きな電力消費と発熱に悩まされるようになるに違いない。その際、果たして人類は耐えられるのか? それとも、これまで同様うまく切り抜けることができるのか? どこかで頭を冷やして考え直すべき時が来るだろう。(BCN・道越一郎)