進化し続ける最強バディ、藤井道人監督×横浜流星!“ぼっち同士”だった2人の出会いから映画『正体』までの歩み

藤井道人監督×横浜流星の最新タッグ作であり、両者が4年がかりで実現させた映画『正体』(公開中)がついに公開となった。共に音楽バンド「amazarashi」のリスナーであるふたりが、その楽曲にインスパイアされたオリジナル企画(世間から爪はじきにされた2人の人物がユートピアを探す逃避行だったという)を開発中にTBSの水木雄太プロデューサーから打診されたのが、染井為人による小説「正体」の映画化だった。同作に多くの共通点を見出した藤井監督×横浜は、『正体』に身を投じることを決意。かくして、現在に至るまでの道が出来上がった――という流れだ。

お互いのSNSでの投稿はもちろん、「ボクらの時代」や「日曜日の初耳学」といったテレビ番組でも「恩人」「兄弟」といった紹介をされる藤井監督と横浜。それもそのはず、2人はこれまでに映画・ドラマ・MV・CMと様々なフィールドで幾度もタッグを組んでいる。本稿では『正体』の10年弱前――藤井監督と横浜の出会いに時を戻し、MOVIE WALKER PRESSでのインタビューなど引用しつつ、『DIVOC-12』『パレード』『正体』等のオフィシャルライター/『ヴィレッジ』のオフィシャルインタビュアーを務めた筆者の目線で、その歴史を振り返っていきたい。

■華やかな場に馴染めていない“ぼっち同士”の出会い

藤井監督と横浜が初対面を果たしたのは、2016年に公開されたオムニバス映画『全員、片想い』の打ち上げの席だった。藤井監督は『嘘つきの恋』を手掛け、横浜は『イブの贈り物』に出演と別々のエピソードに携わっており、関係者が一堂に会した華やかな打ち上げの場で共に馴染めていない“ぼっち同士”として認識しあったのだという。のちに2人はMOVIE WALKER PRESSのインタビューで次のように当時を振り返っている。

藤井「僕がまだ全然売れていない時で、有名な俳優さんや先輩の監督が参加しているなか『居心地悪いな…帰りたいな』と末席に座っていたんです。そうしたら、同じようなやつが端っこに座っていて(笑)。『こんなにカッコいいのに端っこが好きなんだ』と思ったのが、18歳の横浜流星に対する第一印象です」

横浜「(笑)。僕は『あ、仲間がいる!』と思いました(笑)。すごく華々しい会で盛り上がっているなか、一人の監督が静かにしている。その時に『この人とは合うかもしれない』と感じました」


【写真を見る】華やかな場に馴染めない…“ぼっち同士”だった2人の出会いとこれまでを振り返る! / [c]2024 映画「正体」製作委員会
それから程なくして、『青の帰り道』(18)のオーディションの場で再会した両者。横浜が見事にリョウ役を射止め、2016年の夏に撮影が始まったが……その直後に出演者の逮捕により撮影が中止になってしまう。藤井監督と横浜ほかスタッフ・代役含むキャスト陣の不断の努力により、翌2017年夏に撮影を再開。2018年冬に公開にたどり着いた。本作は、いまだ熱烈なファンを抱えるなどリピーターを多数生む“愛される名作”となり、藤井監督×横浜のコンビも世に知られることに。『青の帰り道』は、純粋無垢だった若者たちが成長していく過程で現実に直面する切ない青春群像劇。横浜の信条とする「役を“生きる”」献身性は、この作品からすでに立ち上っている。

なお、『青の帰り道』の主題歌はamazarashiの「たられば」。2019年に発表された同バンドの「未来になれなかったあの夜に」のMVも、藤井監督×横浜のタッグ作となる。進むべき道を見失い、けんか別れしてしまったバンドメンバー。失意のどん底から再び創作を始め、音楽の世界に帰ってくる青年を横浜が熱演している。藤井監督による人物の感情が乗った映像美、雨に打たれて叫び、涙を流しながら机に向かうなど横浜の繊細な“痛み”の表現が濃密に凝縮された1作だ。両者は資生堂「レシピスト」のCMでもコラボし、話題をさらった。なお同年はテレビドラマ「初めて恋をした日に読む話」と映画『新聞記者』(19)という、藤井監督と横浜が共にブレイクした年でもある。

■コロナ禍のなかでも「新聞記者」『パレード』など話題作を連発

さぁここから黄金コンビの快進撃が始まると思いきや、無情な運命が襲い掛かる。新型コロナウイルスの蔓延だ。映画業界もストップし、先の見えない不安の中で……一条の光が差し込む。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが「新型コロナウイルスの影響を受けたクリエイター、制作スタッフ、俳優が継続的に創作活動に取り組めるように」と企画したアンソロジー映画『DIVOC-12』(21)だ。その一篇を託された藤井監督は『名もなき一篇・アンナ』という約10分の短編を書き下ろし、横浜に声をかける。わずか3日で北海道、沖縄、京都、東京を横断して撮影を敢行するという強行スケジュールだったが、「もう出会えない相手との思い出の日々を回想する」切ないストーリー×各所のエモーショナルな映像×横浜の身を削るような芝居が見事に融合した珠玉の短編に仕上がった。

2022年には、Netflixシリーズ「新聞記者」で米倉涼子、綾野剛と共にメインキャラクターを演じた横浜。政治に興味のない大学生が身内に起きた不幸を受けて意識が変化し、やがて大きく成長していく姿を丹念に演じ切っている。ある種、視聴者に一番近いポジションであり、映画版ではカットした「一般の人々の代弁者」を横浜に託す辺り、藤井監督の横浜に対する熱い信頼がうかがえる(木下亮という役名もファンならニヤリとさせられることだろう)。


「新聞記者」で就活中の大学生、木下亮を演じた横浜流星
続く2023年には、テレビドラマ「インフォーマ」での“隠し玉”として、回想編の重要人物役で横浜がサプライズ出演。人懐っこい金髪の青年という意外な役どころ含めて、ファンを驚かせた。かと思えば、同年には『新聞記者』のスターサンズ・河村光庸プロデューサーの遺作となった『ヴィレッジ』で、親の罪と業を背負って閉鎖的な村社会で這いつくばるダークな主人公を力演。横浜が脚本制作やロケハンにも参加し、これまで以上に生き抜く姿を見せつけた。一方、藤井監督は横浜自身を投影して主人公像を構築。『ヴィレッジ』のインタビューで藤井監督は次のように当時を振り返っている。

藤井「今回のお題をもらってからすぐに流星と会って、『ゼロからなんだけど、どういう映画にしていく?』と映画サークルで一緒に作るくらいのテンションで打ち合わせる時間を持ちました。その時に流星が打ち明けてくれた私生活の悩みが、一瞬で転落するかもしれないという恐れやフラストレーションだった。それは優や作品全体にリンクするものだと感じました。そこで、流星本人の要素を意識的に追加していきました」同年には『ヴィレッジ』『流浪の月』『春に散る』といった横浜の新境地となる力作が連続して公開され、横浜は、第46回日本アカデミー賞優秀助演男優賞や第48回報知映画賞の主演男優賞に輝いた。なお『ヴィレッジ』のコラボレーションソング「スワイプ」もamazarashiが手掛けており、藤井監督(現実パート)と新宮良平監督(夢パート)が横浜を演出。壊れていく会社員の“現実と地続きにある狂気”が、身を切られるような凄みを放っている。

2024年の2月には、Netflix映画『パレード』で未練を残して死んだヤクザの若者に扮した。河村プロデューサーが亡くなったことで一時期は実現が危ぶまれた企画だったが、藤井監督が“一人合宿”を敢行して脚本開発に臨み、成立させた逸話を持つ本作。実は、横浜がその合宿に駆け付け、見守っていたという心温まるエピソードがある。同作で横浜が演じた役どころは、「『ヤクザと家族 The Family』に出演したかった!」と常々語っている横浜への藤井監督からのプレゼントとも見ることができる。

直近では湖池屋「ピュアポテト」のCMや、横浜が主演したABEMAオリジナル連続ドラマ「わかっていても the shapes of love」のエグゼクティブプロデューサーを藤井が務めるなど、ますますタッグが加速している両者。ただ仲がいいから継続的に組んでいるのではなく、その時々でお互いにハードルを設定し、越えていこうとするのが彼ら流の付き合い方だろう。『正体』では、“5つの顔を持つ死刑囚”という難役だけでなく、難易度の高いアクションシーンにも果敢に挑戦している。

■細かなニュアンスまでこだわり抜いた『正体』での演技


見た目だけでなく、まったくの別人に見える演技に注目! / [c]2024 映画「正体」製作委員会

『正体』で横浜が演じる鏑木慶一は、一家惨殺事件の犯人として逮捕されるも、刑務所から脱走して日本各地を転々としつつ潜伏を続ける人物。東京、大阪、長野と現れる先々で別人になりすまし、あるときはフリーライター、あるときは工事現場の作業員、ある時は介護施設の職員として勤務しながら“ある目的”のために動く。この役どころが複雑なのは、まず鏑木という人物を“生きた”うえで、ベンゾー/那須/桜井という人物の“ふりをしている”ニュアンスを出さなければならないということ。かつ、同僚たちに正体がバレそうになったときに豹変するような“怖さ”や、他者との交流の中で心が動かされて本来の人物像が出てきてしまう“揺らぎ”といったギャップの部分を細やかに表現する必要がある。ただ鏑木の人物像を確立するだけでは不十分なのだ。利き手や歩き方なども変化を付けつつ、完全に別人になってしまっては違う――という微妙な塩梅を横浜は己が身一つで体現している。


激しいシーンを撮ったあとでもさわやかな笑顔の横浜 / [c]2024 映画「正体」製作委員会
そして、アクションシーン。冒頭、刑務所の独房で吐血した鏑木が救急車で運ばれている最中に突然暴れ出し、多対一の格闘の末に脱走するシーンは緊迫感たっぷりだが、長回しで撮影されている。刑事・又貫(山田孝之)に追いつめられた鏑木がマンションの窓から飛び降り、下に停まっていた車のボンネットをクッションにして地面に降り、そのまま逃走する――というシーンも同様で(横浜とカメラマンが同時に飛び降りることで実現。タイミングを合わせるべく、計14回もジャンプしたという)、横浜の身体能力の高さと鬼気迫る芝居に度肝を抜かれることだろう。「捕まったら死刑」という鏑木の切迫感&臨場感を最大限に引き出すべく、「ワンカットでいきたい」という藤井監督の“無茶ぶり”に横浜が応えたシーン群だ。

■進化し続ける最強のバディ、藤井道人監督×横浜流星

ここまで藤井監督×横浜の2人が歩んだ歴史をざっと振り返ってきた。先に述べたとおり、“おまけ”として――ここ4年ほど2人と仕事をしてきた立場から、このコンビに対する印象の変化について少々綴らせていただきたい。

藤井監督とのリアルでの初対面は2020年の初め、藤井監督×横浜のコンビとの初仕事は『DIVOC-12』の撮影現場からだった。以降、藤井組の現場同行のほか、脚本制作時や編集作業時のフィードバック含め、様々な形で関わるようになり、現在に至る。その中で、2人の空気はこの約4年でより柔和かつ分厚くなったように感じている。横浜は藤井組に参加するとき、よくモニターを見つめる藤井監督のもとに来て意見を交わしているが、真剣さはそのままに笑顔が多く見られるようになった。撮影の合間に藤井監督、横浜を交えてスタッフ・キャストで談笑することもたびたびあり、『正体』の現場では緊迫感あるシーンでも横浜は近寄りがたいオーラを醸すのではなく、オープンでいながら集中力を切らさないという、さらに一つ上の段階に到達している感を漂わせていた。『ヴィレッジ』の撮影前に藤井監督が「役に深く潜りすぎてコミュニケーションが取れなくならないようにしてほしい」と横浜にリクエストしたそうだが、現場での居方にも着実な進化を感じさせられた次第。


藤井監督は横浜にだけ演出時にかける言葉違うという / [c]2024 映画「正体」製作委員会
ちなみにモニター前での両者の確認についても非常にスムーズで、まさにツーカー状態。共通理解度が高いため、一言二言でイメージをきっちりとすり合わせられるのだろう。『正体』の撮影初日は新宿の繁華街の一角を封鎖して“雨降らし”を稼働させ、夜中から明け方まで撮影するものだったが、モニター前に陣取る藤井監督のそばでメモを取っていると、横浜がふらりと現れてサッと確認をとり、すぐ立ち位置に戻っていた。主役然とするのではなく、座長として引っ張りつつもその自然体の感じに、安心感を覚えたのを覚えている。

藤井監督はそんな横浜を温かく見守りつつ、よりテクニカルな情報共有――役の心情を紐解いてゆくようないわゆる俳優演出というよりも、作品全体から逆算した該当シーンの位置づけや構図の意図を絡めた微調整など、演出部同士の会話に近いような意見を伝えていたのが新鮮であった(藤井監督は『正体』現場のマスコミ向け囲み取材で「流星にだけ演出時の言葉が全く違う」と述懐)。藤井監督、横浜は共に「お互いが経験値を得て力を付けたこのタイミングで実現できてよかった」と手ごたえを語っていたが、その淀みのなさを目の当たりにして大いに納得した。再会するたびに進化している最強のバディ、藤井道人と横浜流星。2人の覇道を、この先も追いかけてゆきたい。

文/SYO