スポーツビジネスは、スポンサーとなって支援してくれる企業がなければ成り立たない。なぜ企業は本業には一見関係なさそうに見えるスポーツのチームを持ったり、プロスポーツのスポンサーになったりするのか。そういった疑問も経済学的観点から見れば答えが得られる。前編では、経済学的にスポーツが個人に与える影響やメリットについて紹介したが、後編では、企業などの組織や社会の幸福度にスポーツはどのような影響を与えるのか、そしてそのスポーツ支援のあり方について、『経済学者が語るスポーツの力』の著者である労働経済学の専門家・佐々木勝氏に伺った。
企業のスポーツ支援は、従業員の生産性向上に貢献
一流のアスリートは、当然ながらスポーツにだけ打ち込んでいればいいというわけではない。生きていくためには収入を得る必要がある。そのためには、プロチームに所属したり、チームを持っている企業に社員として雇用されたりする必要がある。では、経済学的な観点から企業がスポーツチームを持つことにはどのようなメリットがあるのだろうか。佐々木氏は以下の4つを挙げている。
(1)従業員の健康促進 (2)企業の広告塔 (3)CSR(企業の社会的責任) (4)従業員のモラール(士気)向上、一体感の醸成、帰属意識の向上
一流のアスリートは厳しい練習に耐え、数多くの試合を通してレジリエンスを身につけ、責任感も強く、仕事にも真面目に取り組む人が多い。さらに、前編で述べたようにスポーツを経験することにより、高い非認知スキルを持っていることも期待されるため、社内にスポーツチームを持つことには上記のようなメリットがあると考えられる。そもそも、日本の企業がスポーツチームを持つようになったのは、1964年の東京オリンピック開催がきっかけだと言われている。
「企業からオリンピック選手を輩出すれば、メディアが試合結果や選手の動向を取材するので広告塔としての役割を果たしてくれるということが、オリンピック開催でわかりました。そこで企業は、強い選手を採用し、チーム強化を図るようになったのです。
私がスポーツのチームを持っている企業を対象に行ったアンケート調査によれば、自社のチームが試合や大会に勝つと労働意欲が高まり、とくに身近な同僚にアスリートがいる従業員ほどその効果が高いことがわかっています。一方、たとえチームが負けてもそれほど労働意欲が低下することはなく、負けに対しては寛容です。つまり、従業員は同僚のアスリートの勝ち負けにこだわっているのではなく、頑張る姿に共感していると考えられます」(佐々木氏、以下同)
このようなメリットがあることから、企業がスポーツのチームを持つことが増えていったのだ。
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社会全体の豊かさにも影響を与えるスポーツ支援
企業がスポーツチームを持つことは、企業内においてはもちろん、その活躍を見て応援する社会にも大きな影響がある。
「たとえば、パラスポーツを積極的に支援しているトヨタ自動車を例に挙げると、平昌2018パラリンピックでは自社に所属する12カ国25人の選手を“チーム・トヨタ・アスリート”として支援しました。その際、選手が使う競技用具であるチェアスキーのフレームを、軽くて頑丈でターンがスムーズにできるものへと日進医療器株式会社と共同で開発しました。このような技術開発はスポーツの技術だけではなく、介護産業の進歩に繋がり、社会全体の質の向上をもたらす可能性があります。このように、ある企業の生産活動や意志決定が、他の企業の生産活動や意志決定に影響を与えている場合、経済学的には市場に“外部性”があると言います」
また、スポーツ支援が社会に与える影響において、この“外部性”とともに、もう一つ重要な“公共財”という概念があるという。佐々木氏は“公共財”の身近な例として街灯を取り上げる。
ある人が夜道が暗いので街灯を自費で設置したとする。その街灯の恩恵は、設置した本人だけではなく、夜道を通る他の人も享受できるし、道を通る人の数が増えたとしても街灯の恩恵が減るわけではない。誰でも安心して夜道を通ることができる。この街灯のように、ある人がそれを購入して利用する場合、他の人はその費用を負担しなくても同じように利用でき、たとえ利用する人が増えても、これまで利用していた人は以前と同様に利用できるものを“公共財”という。
「企業のチームで活躍するアスリートも、ある意味で“公共財”だと考えることができるでしょう。たとえば、2014年のソチ冬季オリンピックのスキージャンプで活躍した葛西紀明選手は、当時株式会社土屋ホームの正社員でしたが、同社の社員だけではなく多くの国民に勇気と感動を与えました」
このようにスポーツ支援は単に企業の宣伝や従業員のモラールの向上だけではなく、社会全体の豊かさにも影響を与えるのだ。