「小説と映像、溶け合う境界」新庄 耕×ピエール瀧 『地面師たち アノニマス』刊行記念対談

他人の不動産の持ち主になりすまし、勝手に売却して大金を騙 ( だまし取る。その詐欺の名は、地面師――。
新庄耕 ( しんじょうこうの同名小説を大根仁 ( おおねひとし監督が実写映像化した、Netflixシリーズ「地面師たち」が大ヒット中だ。

他人の不動産の持ち主になりすまし、勝手に売却して大金を騙 ( だまし取る。
その詐欺の名は、地面師――。
新庄耕 ( しんじょうこうの同名小説を大根仁 ( おおねひとし監督が実写映像化した、
Netflixシリーズ「地面師たち」が大ヒット中だ。
原作シリーズ最新作『地面師たち アノニマス』は、大物地面師・ハリソン山中 ( やまなかが率いる
グループのメンバーらの過去を描いた、文庫オリジナルの新作短編集。
ドラマで法律屋の後藤 ( ごとうを演じたピエール瀧 ( たきは、本書をどのように楽しんだのか?
作者に言いたいことがあるそうで……。
ドラマ第三話にロケ地として登場した六本木 ( ろっぽんぎ「atelier森本 ( もりもとXEX」で、初対談が実現した。

新庄 この本(『地面師たち アノニマス』)は、『地面師たち』に出てくるキャラクターの前日譚を描いたスピンオフ短編集なんですが、俳優さんたちのイメージをお借りして書いていったんです。

瀧 映像からのフィードバックでお話を作ってくださっていると思って、めっちゃ楽しく読みましたよ。

新庄 個々のエピソードに関しても、だいぶ映像に依存しているんです。小説寄りの話もあればドラマ寄りの話もあり、これは小説と映像、どっちに寄せて書いている話なんだろうと自分でも分からなくなる瞬間があったんですが、もういいや、と(苦笑)。世界線が混線しまくっている。

瀧 どっちもごちゃ混ぜのパラレル・ワールドの話です、みたいな(笑)。

新庄 ドラマのファンブックに近いかもしれません。

瀧 竹下 ( たけしたの話(「ルイビトン」)なんて、「ルイビトンっ」から始まるじゃないですか。ドラマに出てくるセリフですよね。

新庄 初めて撮影現場に行った日が、「ルイビトンっ」のシーンだったんですよ。

瀧 あれ、北村 ( きたむら(一輝 ( かずき)さんのアドリブで出てきたセリフだったんですよ。こっちは笑いを堪 ( こらえるのに必死でした(苦笑)。そうか、あの撮影にいらしていたんですね。

新庄 二回ほど観 ( みに行かせてもらったんですが、一回目が東宝 ( とうほうの第一〇スタジオに設営されたハリソンルームでの撮影の日で。ハリソンルームは原作にはないものだし、脚本でも部屋の描写は二行ぐらいしか書いてなかったんです。ワンルームに毛が生えたような感じなのかな、それだとハリソン感が出ないなぁと思って現場に行ったら、目が飛び出ましたね。

瀧 あの部屋自体に、ハリソン感がありますもんね。

新庄 たじたじになっちゃいました。瀧さんは最初にハリソンルームをご覧になった時、どうでした?

瀧 部屋の規模感にも驚きましたが、細かい作り込みがすごいんですよ。壁とか柱とか、置いてある物だったりとか。あれ、美術さんが作っているんですが、こんなに隅々まで目が行き届いているんだったら、こっちも芝居するうえで指一本の動きまで気が抜けないなというか……。

新庄 プレッシャーを感じる?

瀧 プレッシャーというよりも、気が引き締まる感じですね。きれいな皿があって、きれいな刺身を盛り付るなら、ツマも上手に盛り付けたくなるじゃないですか。そこまでやったほうがいいだろうなというマインドになりますね。そうやってみんなでどんどん精度を高めるというか、純度を高めていく。例えば、後藤はどの時計を着けるかということも打ち合わせして、結局あの白いやつに落ち着いたんです。

新庄 あれ、相当な値段がすると聞きました。

瀧 らしいですよね。僕もあんまりよく分かんないですけど、確かにこういう人、白いのしてそうとは思いました(笑)。そういうことの積み重ねなんですよ。首の磁気ネックレスみたいなやつも、あえてああいうものを選んでいるんだろうし。実はあれ、竹下と同じやつを着けているんです。

新庄 えっ⁉

瀧 おそらく竹下と後藤は、わりと近い仲なんですよね。「竹ちゃん、それええな。どこで買 ( こうたん?」「後藤のも買ってきてあげるよ」みたいなやり取りがあって、それを着けているんじゃないか。そういった背景を感じるようなものがあると、竹下が壊れていく時に「どうしたんや、竹ちゃん」というような顔をしたほうがいいな、となっていく。イメージを喚起させるようなネタがあればあるほど、やりやすいと言ったらヘンですけども、お芝居をしていて面白いんです。

新庄 この対談をしているのは、第三話に出てきた店なんですが、あのシーンで着ている瀧さんのナイキの服、絶妙でした。

瀧 カネは持っているけど、センスが微妙という(笑)。スタイリストの伊賀大介 ( いがだいすけさんが用意してくださったんです。

新庄 ああいう人、いますよね。

瀧 いますよね。ゴルフウェアは、よそ行きになると思っている人(笑)。

後藤が使っているのはうさんくさい関西 ( かんさい弁ですというエクスキューズを入れる使命がありました(笑)

瀧 大根さんは電気グルーヴの映画の監督もお願いしたり、その前から普通に友達だったものですから、「瀧さん、今度Netflixで作品やるんで、出てください」と言われた時は、「いいっすよ」と。「何撮るの?」と聞いたら、「『地面師たち』という話です」「あっ、もしかしてあの五反田 ( ごたんだの?」。

新庄 五反田の土地の地面師詐欺事件のこと、ご存じだったんですね。

瀧 知ってました、知ってました。あの当時(事件が起きたのは二〇一七年)、結構なニュースになっていたじゃないですか。ただ、どうしてあんなに大手の不動産会社が騙されたのかとか、どういう手口だったのかとか、謎の部分が多いなとは思っていたんです。大根さんに「事件を基にした小説があって……」と教えてもらったのが、新庄先生の小説との出合いでした。一応、「どっち?」って聞いたんですよ。騙す側なのか、騙される側なのか。「そりゃあもちろん詐欺師側に決まってるじゃないですか」と言われて、「まあ、そうだよね」と(笑)。

新庄 今日は瀧さんに謝りたいことがあるんです。後藤は関西弁、という設定にしてしまって申し訳なかったです。大変でしたよね。

瀧 いえいえ。ただ、大根さんには最初に言いましたけどね。「関西弁なの? 標準語になんない?」「いや、それは原作の小説がそうなんです。ダメです」。今、ネットですっげえ叩 ( たたかれてますもん、瀧の関西弁がヘタ過ぎるって。

新庄 でも、ネットの反応を見ていると、瀧さん、大人気ですよ。Netflixさんも公式Xで、瀧さんが言う「もうええでしょう」のまとめ動画を出しているじゃないですか。とんでもないバズり方ですよね。あのセリフ、原作小説では一度も出てこないんです。

瀧 「もうええでしょう」問題、ここで記録してもらっていいですか(笑)? あんなにバズりましたけど、僕もバズるとは思ってないし、たぶん大根さんも思ってなかったんです。むしろ僕、やめませんかって言ったんですよ。やっているうちに言い過ぎじゃないかなと感じてきて、撮影時に「何か他の文言に変えません?」と。大根さんは「あ〜」なんて言いながら全然代替案は出てこずで、最後までいったらこうなりました。

新庄 流行語大賞、取るんじゃないですか。他のやつは世間的にも厳しいじゃないですか。ハリソンの「最もフィジカルで最もプリミティブでそして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます」とか。「もうええでしょう」は、子供からお年寄りまで安心して使えます(笑)。

瀧 たまに一般の方とかに「瀧さん、『地面師たち』面白かったですよ!」と話しかけられるんですけど、向こうは明らかに「もうええでしょう」を聞きたがってるんですよ。それがキツい(苦笑)。関西弁の正確なイントネーションをもう忘れちゃっているので、野良ではうまく言えないんです。撮影の時は方言指導の方が現場にいらっしゃって、教えていただいたメロディー込みでセリフを覚えてやっていたんですよね。ただ、セリーヌ・ディオンの曲をずっと聴いているからって、セリーヌ・ディオンと同じには歌えないじゃないですか。関西弁、自分ではできていると思っても、完璧に再現するのは相当難しかったです。違和感があるという関西弁ネイティブの人にオススメしているのは、スペイン語かドイツ語で観てくれ、と。一切気にならなくなりますよ、と。それができるのがNetflix。

新庄 いっそ、馴染みのない言語で(笑)。

瀧 トルコ語とかどうっすか、みたいな(笑)。

新庄 後藤を主人公にした短編(「ランチビール」)では「エセ関西弁」って表現を入れたんですが、一作目を書いた時からそういうイメージだったんですよ。僕は、親は関西出身ですけど、自分はずっと東京育ちなので関西弁の正確なニュアンスは分からない。ネットの「なんJ民」が使っているような、うさんくさい関西弁設定ではあったんです。後藤はそういう設定なんですというエクスキューズを入れるのが、『地面師たち アノニマス』の使命の一つでした(笑)。

瀧 僕はシンプルに、「また関西弁じゃん!」と思いました。映像のほうでも続編なのか何なのか、あるかもしれないじゃないですか。僕、現場に来た新庄先生に言いましたよね。「次は関西弁じゃないのにしてください」って(笑)。

新庄 すみません。標準語から関西弁に切り替わるところを書けばよかったかもしれないですね(笑)。

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後藤の話は「世の中め!」という厭世 ( えんせい観増し増し 竹ちゃんは竹ちゃんのままでええなぁ、と

瀧 地面師グループの中で後藤だけ、家族がいる設定じゃないですか。根っからの悪じゃないというか、土俵際で一歩踏みとどまっているというか。この人はいろいろあってこうなったんだろうなという、「仕方なしに」感が滲 ( にじんでいるなと思っていたんです。今回の『アノニマス』に入っている短編を読んで、あぁ、なるほどなと思いました。後藤は司法書士事務所でカタギとして一生懸命働いていたんだけれども、よかれと思ってやったことが全部裏目に出てしまう。「世の中め!」という、後藤の厭世観増し増し部分を面白く読ませてもらいました。見た目に異様に執着する、麗子 ( れいこの話(「天賦の仮面」)も面白かった。

新庄 後藤と麗子に関しては、ハリソンから誘われて、地面師になるきっかけのエピソードが書けたらなと思ったんです。

瀧 辰 ( たつ(刑事)とか青柳 ( あおやぎ(石洋ハウス)の話も、過去にこういうことがあった人たちが後にああなるのか、と整合性がついていく感じがしました。そんな中で読んだ竹下のエピソードのホッとすること、ホッとすること。竹ちゃんは竹ちゃんのままでええなぁ、という感じでした。倒れて前歯が吹っ飛んだ時に、ぶつかってきた相手じゃなくて前歯に怒るところとか「竹ちゃんやないか!」って。

新庄 一番書きやすかったです(笑)。

瀧 先生さすがだなと思ったのは、そのシチュエーションとかキャラクターを説明するのに、二行ぐらいの文章でバッとイメージを掴 ( つかめるんですよ。竹ちゃんと競馬場に来た女が、「画面にクモの巣状のヒビが入ったスマートフォンを気だるそうにいじっている」とか。竹ちゃんとの関係性と競馬場に連れてこられた退屈さと、女の人の生活感というのが一発で分かる。そういう文章が結構あるんです。

新庄 ありがとうございます。最近は、まず最初にどういう話にするか決めてから脚本を起こして、そこから小説にしているんです。いろいろな「絵」が見えてから書くようにしているので、そういうディテールの部分も昔より大事にできるようになった気がします。

瀧 あと、背中で感じるシーンがちょいちょい出てくるじゃないですか。相手の動きを直接見てはいないんだけど、背中で気配を探って……と。先生はいつもそ知らぬふりして、背中でいろんな人の話を聞いているんだろうなと思いました。面白い話が始まったぞとなっても、聞いているのがバレないように背中で吸収しなきゃ、みたいな。

新庄 ビビりで、めっちゃ気にしぃなんですよ。どうせ俺の悪口を言ってるんだろうなと思っちゃうので、人に背中を向けるのが怖いんです。その感じが文章に出ているのかもしれません。

瀧 フェティッシュですよね、いろんな表現が。正直だなぁという感想はヘンですけど、表現をわりとオブラートに包みたい人もいるじゃないですか。むき出しでドンッと置いてくれるんだなというのはすがすがしい感じもありました。ハリソンが「清きアヌスが」とか言い出す場面とか(笑)。

新庄 この本から担当編集者が替わって女性になったので、原稿を渡す時に一瞬躊躇 ( ちゅうちょしたんです。こんな表現読ませていいのかなと思ったんですけど、二徹 ( にてつぐらいしていたので、もういいやって(笑)。

瀧 いやいやいや、最高ですよ。読みながら、声が聞こえてくるんですよ。僕の脳内の豊川 ( とよかわ(悦司 ( えつし)さんが、静かなトーンで「アヌス」。大手柄ですよ、先生(笑)。